タイラー・ザ・クリエイターの2年ぶりの新作だが、リリース後にはビルボード初登場1位を記録するだけでなく、絶賛をもって迎えられた。実は三角関係の相手への思いをぶちまけていく作品で、その赤裸々で直截でありながら、タイラーならではの意匠でもってその感情を表現へと仕立てていくところが素晴らしく、その切なさとわかりやすさがすぐに伝わったということなのだろう。序盤と終盤はどこまでもわかりやすく、中盤でタイラーならではのハードなアプローチもみられる作りになっていて、これまでのソロ5枚の中では傑出した完成度を誇っている。たとえば、前作の『フラワー・ボーイ』もビルボード2位を記録したし、同様に高い評価を得ることになったが、このアルバムはタイラーがジャスティン・ビーバーやリアーナ、カニエ・ウェストらのために書いて、結局使われないままになっていた楽曲を自分のものとして使ったものが多い作品だった。
この時、タイラーが気をかけたのは、歌詞をできるだけ直裁にすることで、それまでのどこまでも不特定で謎めいたキャラクター設定をやめたことだ。そのせいで同性愛を告白しているのではないかという論議にまで発展することになったが、しかし、以前とは較べものにならないほどわかりやすくなった歌詞は大きな好感を得た。そこで前作に倣って、実体験として伝わるようなわかりやすい歌詞に徹してオリジナルの楽曲を用意したのがこの新作だ。テーマは一方的な横恋慕の果てに失恋に終わる、あるキャラクターの心情の顚末を一部始終綴った、言ってみれば、コンセプト・アルバムなのだ。
物語は相手に心奪われてから、激しく恋い焦がれ、最終的にこれは実らぬ恋なのだと諦めるところまでの心情が描かれるが、前半のわかりやすさは驚異的なほどで、タイラーの捻りの効いたアプローチによる、わかりやすさ全開のサウンドが展開するが、主人公(イゴール)の焦りを描いた“ランニング・アウト・オブ・タイム”などは歌詞と音ともにその最たるトラックになる。そもそも、ほかの楽曲群をケンドリック・ラマーに聴かせたところ、この直截さと生々しさに感動したと称えられ、そこで書いたのがこの曲だという。楽曲はそれぞれに完成度が高いが、中盤はこの恋を断念する上での毒が噴出する展開になっていて、ハードコア・ヒップホップ・サウンドとともにタイラーのスピード・ラッピングが叩きつけられる“ホワッツ・グッド”などは壮絶。この流れをひとつの大団円へと雪崩れ込ませるタイラーの力業に脱帽。 (高見展)
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