マカロニえんぴつ、消えぬ悲しみを噛みしめ、尽きぬ誇りを掲げ――遂に辿り着いた境地にして傑作『大人の涙』徹底レビュー

マカロニえんぴつ『大人の涙』
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再生する。1曲目“悲しみはバスに乗って”が屈指の大名曲であることが、ここに届けられたマカロニえんぴつのアルバム『大人の涙』が傑作であることを早い段階で私に伝える。『大人の涙』。感傷的なタイトルだが、絶望感はない。むしろ、彼らが守りたいものを象徴するようなタイトルに思える。

今年5月、マカロニえんぴつの新しいアルバムのタイトルが『大人の涙』であると発表されたZepp DiverCity(TOKYO)でのワンマンライブの現場に、私は幸運にも居合わせることができた。その日のライブは本当に素晴らしかった。1曲目に演奏された“PRAY.”の最初の1音、その爆音に満ちた圧倒的な迫力と説得力。別に焦っているわけではないが、のんびりとするつもりもない。次の一瞬に何が起こるかなんて誰にもわからないのだから、今この瞬間に伝えられることは、全部伝えきる――妄想が過ぎるようだが、それは、そんな意志がみなぎるような音だった。“PRAY.”の演奏が終わったとき、私が座っていた座席の後方からは「すごい! すごい!」と叫ぶ若者の声が聞こえてきた。本格的なブレイクタイミングがコロナ禍と重なったマカロニえんぴつのライブには、初めてライブハウスに来るという若者たちも多いだろう。そんな若者たちの目に映るマカロニえんぴつはヒーローだったはずだ。しかし、ステージ上のバンドの佇まいに気負いは感じなかった。あくまでも軽やかでありながら、そのうえで、ロックバンドという在り方、自らの人生、そして何より、音楽――それら「伝えるべきこと」は確かに伝える、という覚悟がステージに立つマカロニえんぴつにはあった。これが、彼らが結成から10年を経て辿り着いた場所なのだと思った。マカロニえんぴつがマカロニえんぴつであることを肯定し、謳歌する、そういう清々しいライブだった。

この日のライブで感じた今のマカロニえんぴつの清々しさは、遂に届けられたアルバム『大人の涙』からも強く感じられるものだった。本作を聴いたうえで振り返れば、メジャー1stフルアルバムでもあった前作『ハッピーエンドへの期待は』(2022年)の重厚なポップネスの裏側には、まだ時代や自分たち自身と向き合ううえでの気負いやプレッシャーがあったのだと感じさせられる。それくらい、この『大人の涙』には突き抜けた爽やかさのようなものがある。その要因のひとつには、個々の楽曲における音楽的バリエーションの豊かさがあるだろう。『ハッピーエンド~』のリリースから本作『大人の涙』までの間に、マカロニえんぴつは『たましいの居場所』と『wheel of life』という2作のEPをリリースしているが、この2作はバンドがよりシンプルに、プリミティブに、自らの原点へと向き合うための作品たちだったと言える。この2作のEOからアルバムに収録されている“PRAY.”“たましいの居場所”“リンジュー・ラヴ”“TIME.”“星が泳ぐ”といった楽曲たちは、『ハッピーエンド~』以降の季節の中でバンドが新たなスケール感と共に獲得した(あるいは、再発見した)ロックバンドとしての瑞々しく本質的なエネルギーを、本作『大人の涙』に与えている。
加えて、新曲たちもとてもカラフルだ。田辺由明(G・Cho)の作曲による“ペパーミント”はキラキラと輝くザ・バーズ風フォークロック。『天才てれびくん』のテーマソングとして書き下ろされた楽曲のセルフカバーである、はっとり(Vo・G)作の“ネクタリン”はキュートなダンスポップ。高野賢也(B・Cho)作曲の“だれもわるくない”はまさかのEDMのバンド解釈……と、多彩な楽曲たちがアルバムを彩る。ここに、前述した『wheel of life』にも収録されている長谷川大喜(Key・Cho)作曲による“TIME.”で見せた静謐なメランコリアや、はっとり作のシングル曲“愛の波”における、まるで1曲を通して絵画を描くような壮絶な構成美を加えれば、メンバー4人それぞれがプレイヤーとしてだけでなくソングライターとしての力も発揮しながら本作『大人の涙』を色彩豊かに彩っていることがわかるだろう。
もちろん、本作においてもマカロニえんぴつは持ち前の(「ユニコーン譲りの」と言うべきか)ユーモアを忘れていない。まさかの昭和歌謡風デュエットソング“嵐の番い鳥”(アウトロ、というか最後の会話長!)に、はっとりと田辺の共同作曲によるハイテンションハードロック“Frozen My Love”(これが、なんだか泣けるんだ)……相変わらず、バンドは好き勝手やっている。「それがロックバンドの使命だ」と言わんばかりに。

メンバーそれぞれが、それぞれのパート以上の役割を果たし合うことにより、バンドとしての、つまり「ひとつの命」としてのマカロニえんぴつの存在感が強まる。そしてそれ故に、バンドの「言葉」を司るはっとりのパーソナルな想いが今まで以上に明晰に、繊細に、溢れ出している。それが『大人の涙』を傑作たらしめる、もうひとつの側面である。たとえば《きみのその痛みに、ボクも覚えがあるんだ》と歌われる“だれもわるくない”に刻まれた、安易な「共感」というレベルを超えた、祈りにも似た他者への想い。これは「人間」という生き物が背負う悲しみへの自覚とも言えるだろう。ここには内省の先の普遍へと至る、はっとりの新たな詩情がある。あるいはまた、アルバムを締め括る生々しい弾き語り曲“ありあまる日々”に刻まれた、諦念ともつかない、ひとりの男のぽつねんとした独白。大それた歌ではない。でも、私はここに歌われる感情に身に覚えがありすぎて、聴き終わったあとしばらく身動きが取れなかった。
《この命が燃える目的は何?》――1曲目“悲しみはバスに乗って”で、はっとりはそう問う。きっと誰も答えを教えてはくれない。すべてが終わるときにわかるのだろうか? それすらもわからない。答えを捏造しないようにしながら、でも時折見出す言葉を抱きしめて、なんとか耐えていく。何者かになりたかった? 夢を見てしまった? その裏で何を失って、誰を傷つけた?――悲しみは消えない。ただ、「生」のバスは走り出す。走り続ける。(天野史彬)

(『ROCKIN'ON JAPAN』2023年10月号より抜粋)


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