ナイン・インチ・ネイルズ @ 新木場スタジオコースト

2/25及び26、追加公演の2/28と東京・新木場スタジオコーストで繰り広げられる今回の来日公演を皮切りに、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジとのダブルヘッドライナー・ツアーとなるオセアニア、そして南米ラウンドから欧州へとスケジュールが決定している、ナイン・インチ・ネイルズ(以下NIN)の2014年ワールド・ツアー。アルバム『ヘジテイション・マークス』リリース直前に完全復活を印象づけた昨年のフジロックでのパフォーマンスもまだ記憶に新しいところだが、トレント・レズナーとバンドはその後、驚くべき速度をもって歩を先へと進めていた。そのことが明らかになったツアー初日の模様をレポートしたい。以下本文は、今後のネタバレになり得る内容も含むので、閲覧にはどうぞご注意を。

NINのライヴ本編に先立って登場したのは、昨年よりNINのライヴ・メンバーに復帰しているアレッサンドロ・コルティーニただ一人だ。ステージ中央に屈み込み、足元の機材を操作しては、物悲しさを漂わせるアンビエントなループを構築してゆく。場内に立ち籠めていた興奮と緊張感を撹拌しつつ掬い上げ、次第に観る側の集中力だけを引き出してゆくような音像だ。トラック数で言えば2曲というところだが、じっくりと抑揚を生み出してオーディエンスの歓声を攫っていった。いわゆるオープニング・アクトというよりも、NIN本編に向けて、匿名的でありながら芸術性の高いウォーミング・アップを担うような心憎いパフォーマンス。音が鳴り止んだところに、間を置かずトレントを始めとして他のメンバーも登場し、万全の体勢で本編が幕を開ける。

トレントがパーカッションの暗黒ループを繰り出してスタートするのは、“Me, I’m Not”。これを、ステージ上手側からロビン・フィンク、アイラン・ルービン、トレント、アレッサンドロと4人のメンバーが、まるでクラフトワークのような横並びのエレクトロニック編成でプレイする。スタンドマイクにしがみつくように、トレントは強く握りしめて歌う。そこからすぐさまアイランはドラム・セットに移動し、生バンド色の強いインダストリアル・サウンドで『イヤー・ゼロ』曲が続き“Survivalism”。更にはバキバキの大振りリフに歌声が映える“Terrible Lie”という選曲である。それぞれ昨年のフジでもプレイされていた曲だが、あの5ピースの、あのド派手な可動式LEDプロジェクター・パネルを背負ったパフォーマンスとは、明らかに感触が違う。新作モードでアップデートされた膨大なデータが、NINという肉体にすべて吸収され、血肉化されていると言えば良いだろうか。

“March of the Pigs”では豪快なビートを叩き出していたはずのアイランがささっと移動してピアノを奏で、“Piggy”ではアレッサンドロがベースを奏でる。はたまた同期パーカッションに合わせてトレントがクラップを誘う“Sanctified”はアイランがベースにスイッチしてドラムレス編成に移行するなど、やはり目紛しいパート・チェンジがスリリングな躍動感を支える基盤となっていった。フジで観たプロジェクター・パネルにはそりゃあ興奮させられたが、そのぶん、個人的にはメンバーのパート・チェンジから意識が削がれてしまっていたところがある。サウンドについても同様だ。僕は『ヘジテイション・マークス』の現代的なエレクトロ文体は断固支持するが、それを知らしめたのがフジのステージだったとすると、より強くスリリングな躍動感を持ち込もうとしているのが今回のステージだ。優れたマルチ・プレイヤー4人の呼吸に絞ることで緊張感と機動力と高め、トレントの熱を帯びたヴォーカルにもそれが反映されている。かつて「ステージでは、自分の立ち位置からなるべく遠くに鍵盤を置くんだ」と語ったのはジャック・ホワイトだが、NINのハイレヴェルな縛りプレイは、大掛かりな映像演出を越え、少数精鋭で次のレヴェルのパフォーマンスに達するためのものに思える。

新作からようやく“Disappointed”が披露されたのはライヴも中盤という頃で、NIN流のダブステップ・トラックにノリノリな素振りを見せる一方、トレントは有機的でジャジーなピアノ・プレイを差し込んで来る。“Came Back Haunted”→“Find My Way”と新作曲が続く中にも、トレントのハードコアなギター音響プレイが加えられて美しいアンサンブルが広がってゆく。ノイジーな幽玄シンセ・サウンドにたなびく、このピアノ・イントロは……なんと、『ソーシャル・ネットワーク』サントラ(トレント・レズナー&アティカス・ロス名義)の“Hand Covers Bruise”だ。そこからメドレー気味に“Beside You in Time”へと持ち込む展開である。新作モードから更に踏み込んだ領域をきっちりと見せつけておいて叩き付けられる“Copy of A”は、そのエモーションにまみれたアタック感が盛大なOIコールにも煽られ、凄まじいものになっていった。「昨年は、フジでの再出発のあとに最高のツアーを廻って、今回また日本からツアーが始まるんだ。また来ることが出来て嬉しいよ。本当にどうもありがとう」。曲間には何度も「サンキュー!」と感謝の言葉を投げ掛けていたトレントだったが、ここではあらためて、そんなふうに語っていた。

“Gave Up”で目一杯パンキッシュに吹き荒れるロビンのギター。同期のビートを用いるにしても、“Only”で鳴り響いていたのは生ドラムのような音色が響く。トレントは自らの胸に激しくタンバリンを叩き付け、オーディエンスの上着か何かがフロアの宙を舞ってしまったりもする。テクノロジーを肉体の一部のように操り、磨き上げられたスキルをすべて曝け出し、完璧な熱狂を摑み取るためのあらゆる手段が講じられる、そんなライヴだ。“Wish”から当然のように大シンガロングを巻き起こす“Head Like a Hole”という連打を経て、しばし訪れる静寂の中にオーディエンスの「Nine Inch Nails!!」コールが立ち上る。ひと呼吸置いてトレントが「サンキュー」と告げ、最後に歌われるのはもちろん感涙の“Hurt”だ。アレッサンドロによるオープニング・アクトがそうだったように、NINのステージという趣旨から意識を奪うことなく、しかし徹底して効果的に用いられたライティングも、素晴らしかった。

今回のツアーに、生々しい、フィジカルな躍動感が持ち込まれている理由は、もうひとつあると思う。クサいことを書くようだが、あらゆる世代のNINファンが、NINの音楽に裏切られてはならず、NINの音楽に傷つけられてはならず、NINの音楽に失望してはならず、NINの音楽に絶望してはならないからである。NINはそういう物語を生きているバンドだ。テクノロジーの進歩や表現スタイルの変化だけで片付けてはならないものを、背負っているバンドなのだ。だから、エレクトロニック・ミュージックの技術がカジュアルに普及した時代に、敢えてバンド・サウンドを強く押し出したこともあった。人々の物語を背負っているという意味においても、間違いなく最高峰のロック・アクトである。翌26日と28日のステージでも、しかと見届けていただきたい。(小池宏和)

セットリスト
01 Me, I’m Not
02 Survivalism
03 Terrible Lie
04 March of the Pigs
05 Piggy
06 Sanctified
07 Disappointed
08 Came Back Haunted
09 Find My Way
10 Reptile
11 Hand Covers Bruise
12 Beside You in Time
13 Copy of A
14 All Time Low
15 Gave Up
16 The Hand That Feeds
17 Only
18 Wish
19 Head Like a Hole
20 Hurt
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