元レッチリのジョシュがパール・ジャムのパフォーマンスに参加した映像公開。レッチリ脱退直後にエディ・ヴェダーが電話をくれて救われたことも語る

元レッチリのジョシュがパール・ジャムのパフォーマンスに参加した映像公開。レッチリ脱退直後にエディ・ヴェダーが電話をくれて救われたことも語る - pic by Akemi Nakamurapic by Akemi Nakamura

ワシントン州で、コロナ禍により最も被害を受けた人達とその家族を援助するためのチャリティイベント“All In WA: A Concert for COVID-19 Relief”が6月24日に行なわれた。日本でもまだAmazon Primeで見られる。


スリーター・キニー、ブランディ・カーライル、ベン・ギバードなど豪華メンツが出演したが、ワシントン州と言えばパール・ジャム。彼らはそれぞれが自宅からの演奏で、新作『ギガトン』から“Dance of the Clairvoyants”を初めてライブパフォーマンスした。

あの奇妙なキーボードを弾いたのはジェフだったことが確認できるし、歌詞に「女の子達は踊りたがる」とあるので、初めてだと思うが、エディの奥さんと娘さん2人が踊っているのも映る。しかも、なんとこのライブに元レッド・ホット・チリ・ペッパーズのジョシュ・クリングホッファーが登場したからびっくりした! 映像はこちら。


彼のバンドPluraloneは、パール・ジャムが今年やる予定だったツアーの前座をやることになっていたし、去年すでにバンドとも共演していたので納得ではあるが。でも、パール・ジャムがウェブのライブに出演するだけでも珍しく貴重なので、そこでジョシュが共演するのを見るとバンドと彼の特別な関係性を感じる。

実際、レッチリからの脱退が発表されて即という感じで、彼がパール・ジャムの前座と発表された時は驚いたし、良かったとも思った。ジョシュも、レッチリから脱退が決まった直後にエディ・ヴェダーから予想もしてなかった電話がかかってきて、そのおかげで、いかに自分が狂わなくてすんだかをSPIN誌に語っていた。

https://www.spin.com/2020/02/josh-klinghoffer-red-hot-chili-peppers-departure-legacy-pluralone/

パール・ジャムのツアーで前座をするというニュースは、脱退が発表された後かなりすぐに発表されましたが?という質問に対して、エディとの関係を以下のように語っている。

あのタイミングは凄かったと思う。僕はソロ(Pluralone)のアルバムをすでに発表はしてはいたけど、でも、ツアーに参加して欲しいという話は、脱退からあまり時間も経たないうちにきたからね。

それは最近になってエディとより親しくなれていたこととも関係していると思う。僕ら(レッチリ)が、エディが主催するフェスOhana (2019年9月)に出演していたし、彼はフリーの音楽学校(Silverlake Conservatory of Music in Los Angeles)のベネフィットに(11月)出ていたからね。

だから、彼が僕に電話してくれたんだ。大丈夫かなと心配してくれたみたいでね。それで僕は、ここでも吐き出したようにクレイジーだし、悲しいし、ってことを全部彼にぶちまけた。だけど、レッチリが結果的にどうなったのかについては幸せだと思っていることも、それから、僕も彼らと何かを達成できたと思っているということも語った。だから自分を失敗者だと思っているわけではないとね。

だけど、脱退が決まったその次の週からカレンダーが突然全部真っ白になったわけだ。僕はをそれをじっーと見つめていた。パール・ジャムがツアーに(前座として)招待してくれることになる前は、ジャック(・アイアンズ)が、その間ライブをやろうと言ってくれていた。何かやることがあって本当に良かった。なかったら僕はたぶん狂っていたと思うんだ


パール・ジャムのツアーは来年に延期になってしまったが、ジョシュはその前座で初めて1人でライブする予定だった。ただ今回さっそく新曲のパフォーマンスに参加しているところを見ると、ツアーの時もパール・ジャムと共演する場面が多くなるのかもしれない。

このSPINのインタビューでは、これまで他のインタビューでは語っていなかったことをいくつか語っているので以下まとめ。

●フリーとジョン・フルシアンテの関係性について

フリーからは、ジョンについては何も聴いてなかったけど、でも、今思えばひとつだけ彼が言ったことがあった。彼は自伝のブックツアーをしたから、バンドはその間、1ヶ月くらいまったく連絡を取り合っていなくて、その時彼が、昔ジョンと作り上げたものがいかに特別であり、それを軽く受けとめることはできない気付いたと言ったんだ。

今思えば、彼がそう言った時には、すでにジョンと時々会っていたんだろうし、ジャムだってしていたのかもしれない。だけど、ジョンが戻ってくるとはまったく思っていなかった


僕はジョンとはまったく連絡を取っていなかったけど、人に聞いたところによると、ギターを弾きたいとも思っていないということだった。ロックをやりたいとも思っていなかったみたいだし、バンドをやりたいとも思っていないみたいだった。(レッチリの)メンバーとも連絡を取っていないのも知っていたしね。ただフリーとは時々連絡を取ってるのは知っていた。でも、会うと必ず喧嘩して終わっていたと聞いていた


ただ、ジョシュは引き続きバンドに感謝しかないと語っているのが謙虚だ。

だって戻ってくるのが他でもないジョンなんだよ。僕がギターを弾きたいと思ったのは彼がいたからだ。だから、僕はジョンがまたギターを弾きたいと思ったこと。そして彼らとまた音楽をやりたいと思ったことにすごくハッピーなんだ


●バンドに対して唯一残念に思っていること

もっと一緒に演奏したかった。というのも、彼らは僕より年上だし、バンドの大きさにも関係していると思うけど、

時々ビジネスライクに思うことがあった。1日に何度かリハーサルをして、2、3時間演奏したら、みんな子供を迎えに行かなくちゃいけないとかで帰ってしまう。でも、僕はまだ大人になれてない40歳だから、一晩中演奏したいって思っていたんだよね


またこれで、思い出したのだけど、ジョンとフリーが仲良くDJをしたラジオ番組が5月の終わりにあった。ファンの皆さんはもう知っていると思うけど。


紹介しようと思っていて機会を失っていた。今でも聴けるし、サイトにいくと、2人が仲良く一緒に写っている最新の写真もある。
https://www.dublab.com/archive/flea-and-john-frusciante-forming-records-05-23-20

このラジオで紹介しているのは、2人がギター、楽器を弾きたいと思うきっかけとなった音楽だ。ジョンが再びギターを弾きたくなってくれて嬉しいというジョシュの話とも通じる。紹介された曲は以下の通り。Spotifyでもプレイリストになっている。

https://open.spotify.com/playlist/62kdwkcnfCa3viKWAMsRaT?si=B9yGWBsvS3aBbM9MjQ5tuw

番組は、Germsの"Forming"に始まり、フリーがこう語っている。

みなさんこんにちは。今ジョンの家に来ている。今日はジョンに誘われて、ここでレコードを紹介することにした。

それで、今回はその中でも、俺たちが子供の頃から、楽器を弾く刺激となった、導いてくれたような曲をかけることにした。俺たちが単に好きというだけではなくて、自分がこれまで思ってもみなかったような新しい方向へ向かわせてくれたような曲。俺もあんな音出してみたいと思う様な曲。そういう曲を選んだ。

俺の場合は子供の頃は主にジャズを聴いていたから、ここでジャズを紹介し始めるとまた別世界に行ってしまう。だけど、俺はベースを弾き始めてから、ロックやファンクを聴き始めて、その後すぐにパンクロックにはまった。だからジョンと相談して、今日は、70年代終わりから80年代始めの曲にしぼって2人ともが好きだった曲を紹介することにした


ジョン・フルシアンテはこう話した。

そうだね。俺たちは年が違うから、俺が11、12歳で、彼が17、18歳くらいだったわけだけど、その同じ時期に、2人とも楽器を覚えた。76、77年くらいから、80年代始めだよね。

それで俺が聴き始めた時には、もちろん彼はすでに知っている音楽も多かったわけだけど、でも、音楽に夢中になるのには、本当にエキサイティングな時代だったと思う。俺は、レコードを買うお金が貯まるまでラジオをたくさん聴いていたんだ。当時は良い音楽がラジオでかかっていたしね。アメリカ中の人達が知らないようなクールなイギリスの音楽とかね。だから70年代終わりから80年代始めにかけて俺たちが2人ともが好きだった曲を今日はかけたいと思う


フリー

当時本当に新しいと思えた曲。俺が若かったせいかもしれないけど。今は新しいと思えるものを聴く機会って少なくなったけど、当時は、こんな曲聴いたことない、って思えるものばかりだった。DIYとか、音楽的にも、スタイル的にもすべてにおいてね


ジョン

フリーはもうそのコミュニティに属し始めていたけど、俺の場合は、自分が好きな音楽を好きな人って周りにほとんどいなかった。とりわけパンクはね。スケボーパークにいるキッズが話しているくらいだった。でもみんな年上で、学校の4年生とか5年生の同級生は、みんなジャーニーとかを聴いていた(笑)


最初にかけたGermsについて。

ジョン「あれはGermsの初ライブの音源なんだ」
フリー「Germsは最初に大好きになったパンクロックバンドだったの?」
ジョン「うーーん。とは言えないかもしれない。でも10, 11歳の時に一番好きなバンドはGermsだった」
フリー「それがファッキング最高だよね。そんな子供に会ったことないよ」
ジョン「とりわけ、あの初ライブを聴いた時に、ギターを弾きたいと思ったんだ。彼らの曲とかスーサイド・マシーンズの曲を最初にギターで覚えたんだ」
フリー「俺は気付くのが遅くて、知った時には、もうDarby Crashが亡くなっていてGermsは終わっていた。すべてに遅れていたから」
ジョン「俺が知った時はまだ生きてたね。レコーダーを用意していて、ラジオでかかる度に録音していた」


そして次はフリーの選んだThe Slitsの“Shoplifting”。「俺が一番好きなパンクソングの1曲。あまりにファンキーで衝撃的だった」と。

また、マルコム・マクラーレンがレッチリと仕事したいと言ったので、彼に会った話なども紹介されている。

ボウイの“Scary Monsters”についてジョンは、「最も偉大なリードギターの曲」と言っている。

彼は俺にすごく色々な意味で影響を与えたけど、この曲をラジオで聴いた時に初めて、これは一体誰なんだ?と思ったんだ。10歳くらいの時ね。絶対に誰なのか突き止めると思った。ピーター・ガブリエルを聴いた時と同じでね


フリーは、「人生で聴いた最も偉大な曲のひとつ」と言っている。また、彼にとっては何より“Fashion”を聴いた時に、ファンキーですごく好きになったとも。

Germs – Forming (live at The Whisky June, 1977)
The Slits – Shoplifting
China White – Anthem
Defunkt – Defunkt
Suburban Lawns – Janitor
Twisted Roots – Pretentiawhat
45 Grave – Black Cross
Gang Of Four – Cheeseburger
Adolescents – Kid of The Black Hole
Buzzcocks – Why Can’t I Touch it?
Devo – Smart Patrol/Mr. DNA
T Connection – Everything Is Cool
The B-52s – 52 Girls
What Is This – Squeezed
Adrian Belew – Paint The Road
Material – Memory Serves
Adam And The Ants – Kings Of The Wild Frontier
Pretenders – Tattooed Love Boys
Peter Gabriel – Games Without Frontiers
George Clinton – One Fun At A Time
Bow Wow Wow – Mile High Club
The League Of Gentlemen – Cognitive Dissonance
Talking Heads – The Great Curve
David Bowie – Scary Monsters (And Super Creeps)
The Minutemen – Joy
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