リチャード・D・ジェイムス完全復活。AFX新作が示した『サイロ』の彼岸 後編

リチャード・D・ジェイムス完全復活。AFX新作が示した『サイロ』の彼岸 後編

(前編はこちらから:http://ro69.jp/blog/ro69plus/129194

AFXとは1991年のEP『Analogue Bubblebath』から使われ始めた、リチャードのペルソナのひとつ。『オーファンド・ディージェイ・セレク 2006-2008』は、2005年にリリースされた12インチ・ヴァイナル11枚の連作シリーズ『Analord』(後にアルバム『Chosen Lords』としてまとめられた)以来の新作となるものだ。リチャードはポリゴン・ウインドウ、コウスティック・ウインドウなど、初期のころはいくつもの別名義を使い分けていたが、エイフェックスがメジャー契約するあたりからほぼエイフェックスとAFX名義に統一された。そのAFXは時代によって音が変わっておりこれという共通のサウンドは指摘しづらいが、エイフェックスよりもゴツゴツとした初期衝動が脈打つ生々しく尖った、あるいは実験的で先鋭的な音が特徴と言える。メジャー・プロダクションであるエイフェックスではやりにくいような剥き出しの荒々しさこそがAFXと言えるだろう。

前回に触れたリチャードとのインタビュー(1994年)で、彼はこんなことも言っていた。「音楽には感情を込めたくない。感情とは一切関係のない、純粋な音の順列組み合わせだけで音楽を作れれば、それが最高なんだ」と。

当時彼が作った『アンビエント・ワークス』はひどくエモーショナルな音楽であるように感じていたから意外だったし、ヘンなことを言うやつだなと思ったのだが、だがこの『オーファンド~』を聴いて、彼の言葉に改めて納得してしまうのだ。エイフェックス名義の『コンピューター・コントロールド・アコースティック・インストゥルメンツ・パート2 EP』も、新開発のミディの機材システムを使って作られたという大胆な実験音響が『サイロ』以上にリチャードらしい狂気に溢れていて最高だったが、『オーファンド~』の徹底的にドライで無機質で鉱物的で無表情なアナログ・シンセのアシッドな音塊はそれ以上にぶっ飛んでいる。

ここにはポップ・ミュージックに必要だと思われる「共有」も「共感」も、ダンス・ミュージックに不可欠な「参加」の概念もない。徹底的に情緒や感情が欠落した、ゴツゴツとしたシンプルでロウ(生々しい)でプリミティヴなエレクトロが、ただ巨大な音量で鳴っているだけだ。彼の言う「感情の動きとは一切関係ない、音の組み合わせだけで成り立つ音楽」はこれなのかと思わされる。そしてそんな「空虚」そのものの音なのに、ひたすら美しく、気持ちよく、癒やされる音ですらあるのだ。

デザイナーズ・リパブリックによるジャケット・デザインも含め、90年代初頭のテクノ黎明期を思わせる音でもあるが、もっと遡ってクラウトロックやノイエ・ドイッチェ・ヴェレに近いようないびつな感覚もある。それもまたエイフェックス・ツインの初期から確実に内包されていたものである。

全8曲、EPではあるものの、ここにはリチャード・D・ジェイムスそのものが鳴っているのである。(小野島大)
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