待望の初来日公演が実現する。ザ・ウィークエンドを今聴くべき理由

待望の初来日公演が実現する。ザ・ウィークエンドを今聴くべき理由

4月13日に東京での初来日公演がついに実現する予定で、先月には大ブレイク作となったセカンド・アルバム『ビューティ・ビハインド・ザ・マッドネス』がようやく日本でもリリースされたザ・ウィークエンド。実はグラミー賞もR&Bやブラック・ミュージック部門ではディアンジェロと並んで2部門で受賞に輝くことになったが、それほどまでにこのアルバムは素晴らしい内容を誇っているのだ。

ザ・ウィークエンド、あるいは特にこのアルバムの音楽性について考える時、形容するジャンルなどを思い浮かべてみると、あまりにも多岐にわたる名称が連なってしまうし、そうした複雑なミクスチャーとしてのサウンドと、どこか歪んでいびつな世界を鳴らしているところなどは容易にかつてのプリンスを思わせるものでもある。しかし、もし、ザ・ウィークエンドことエイベル・テスフェイがプリンスのフォロワーであるとしたら、それはあくまでも自分が届けようとしている表現の内容という意味でのフォロワーだといえるはずだ。それは、今現在、これほど孤独と向き合うことで自分の作品世界を作り上げたアーティストはそうそういないからで、孤独や愛、そして肉欲をここまで比喩として、なおかつテーマとして歌ったという意味ではプリンス以来の才能になるからだ。

たとえば、ザ・ウィークエンドはカナダへのエチオピア系移民家族の二世で、そうした自身のバックグラウンドを作品で物語ることもひとつのアプローチとして考えられなくなかったはずだ。実際、折に触れて作品中にエチオピアのアムハラ語の歌詞が紹介されたり、あるいはエチオピアを聖地とするラスタ思想をベースにしたボブ・マーリー作品に出てきそうなホーン・セクションが使われたりすることもあり、エチオピア的な香りをほのかに感じさせるところもあるかもしれない。しかし、基本的にザ・ウィークエンドはカナダのトロントで育った少年で、自身の背景がどういうものであろうと、自身が経験した孤独はそんな少年のひとりとして匿名的に語られざるをえない性質のもので、だからそれはまた普遍的な心象風景ともなるものなのだ。そしてある種の不気味さもたたえながら、R&B、テクノ、ヒップホップなどを縦横無尽に取り入れたサウンドはまさにこの心象風景を具体的な形にするために鳴らされているのだ。ある意味、これほど絶望的な孤独感がこれほどメインストリームで成功した作品で歌われていること自体が近年では珍しいと思うし、とても素晴らしいことだとも思う。

たとえば、“Often”“Acquaintance”などの他者との関係性への絶望ゆえに肉体関係へと向かう心情を歌う構成は見事だし、自分がなくなるからこそ他人と接したいという“Cant Feel My Face”などはそんなザ・ウィークエンドの世界観の真骨頂となっている。こうした楽曲をライヴではどういうエモーションで届けてくれるのか、とても楽しみだ。(高見展)
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