ニューシングル“大好物”を聴いた! そして“NEW MIKKE”ツアーもオンライン上映真っ盛り!
ーー2021年秋、スピッツの今
文=天野史彬
空気が冷たく澄んできて、スピッツから新曲が届いた。タイトルは“大好物”。その名が表すように、大らかで、肯定的な響きに満ちた1曲である。ポップな輪郭の奥には、続いていく日々を、その中で変わっていく色々を、祝福するような豊かな詩情が詰まっている。同曲は、配信リリース日と同日の11月3日より公開される映画、劇場版『きのう何食べた?』の主題歌として書き下ろされた楽曲である。
劇場版『きのう何食べた?』の主題歌をスピッツが担当するというニュースを見て、「似合ってる!」と、その人選に喝采を送った人は多かったのではないだろうか。『きのう何食べた?』はよしながふみ原作の漫画で、2019年に西島秀俊、内野聖陽のダブル主演にて放送されたドラマも大ヒットした。ドラマでは毎回、美味しそうな食事シーンが料理のレシピと共に出てくるが、この作品で食卓に並ぶのは料理だけではない。同じ屋根の下に暮らす、男性同士の同性カップルであるふたりの主人公を軸とした様々な人間関係と、そこから生まれる複雑な心の機微もまた、食卓の上で交わされる。この社会システムの中で生きる個々の孤独や悲しさ、それでも交わり続ける人と人の生きる強さと意志が、「食」という人間にとって必要不可欠な命の行為に帰結し、そこからまた生まれていく。
素朴でユーモラスなタッチだが、それによって登場人物たちが抱える寂しさややるせなさ、怒りが覆い隠されているわけではない。時に鈍く痛む現実認識と問題提起をはらみながら、それらを生み出すものとしても、あるいは癒すものとしても、一貫して「続いていく日常の営み」を描いていく。そんな同作品は、大きな叫び声ではなく、繊細な囁き声によって大切なことを伝え続けてきたスピッツの音楽と深く共振しているようにも思える。(以下、本誌記事に続く)
(『ROCKIN'ON JAPAN』2021年12月号より抜粋)