『ROCKIN'ON JAPAN』最新号(2022年10月号)New Comerより
ここに、イマジネーションの渦がある。自分にしか語りえない物語を語りたい、皆が驚くようなポップスを響かせてみたい――そんな想像と創造にかける衝動が波となり、渦巻く、激流。その渦の中心に目を凝らせば、そこに3人の音楽家がいる。彼らの名前は「Van de Shop」。栗山夕璃(Vo・G)、端倉鑛(Manipulator・DJ)、仁井伯(Pf・Key)から成る3ピースバンドである。
「蜂屋ななし」名義でボカロPとして活動をしていた栗山をはじめ、ボカロシーンを中心に集ったこの3人のクリエイティブを遡れば、2016年に投稿された“ONE OFF MIND”というボカロ曲に行きつく。「ボカロの推進力と焦燥感に、ジャズの身体的な躍動や生楽器の体温、手触りを融合させる」というアイディアが獰猛なほどの瑞々しさで結晶化したこの曲は、今聴いても鮮烈だ。近年でこそボカロとジャズはポップシーンの前提になっているが、このサウンドをVan de Shopは2016年の時点で既に捉えていた。この事実は特筆に値する。
そんなVan de Shopの1stミニアルバムとして先日リリースされた『鯨骨群衆』は、栗山が自身でボーカルをとり、石若駿やマーティ・ホロベックといった時代の先頭を走るプレイヤーたちも迎えて制作された、野心溢れる1作。「孤独な鯨と幽霊の少女の物語」というコンセプトと共に、ビッグバンド的多幸感溢れる“コメディなヒーローになれたなら”、エレクトロニクスと生楽器の融和した深い音のレイヤーが没入感溢れる“Diving Message”など、理想を目指し、色とりどりの音楽の翼を羽ばたかせるバンドの姿がここにはある。
タイトルである「鯨骨群衆」とは、鯨の死骸を中心にして形成される生物群集のことを指す。深海にある鯨の死骸の周りには、その養分をもとにして特殊な生態系が形成されることがあるのだ。栗山が「蜂屋ななし」としての活動終了後に本格始動させたVan de Shopもまた、「終わり」から始まっている。この先ここにどんな生態系が形成されていくのか、注視していきたい。(天野史彬)
Van de Shop、ボカロもジャズも養分にした、新たな音楽の生態系
2022.09.07 17:00