赤ん坊が生まれた瞬間に産声をあげるのは、それがその赤ん坊にとって初めての呼吸でそうしなければ生きていけないからだ。
そう思うと、今、僕らが喋る言葉と、僕らが母親のお腹から生まれたときにあげた産声の間には、一体、どれほどの距離があるのだろうか? そんな問いが頭をよぎる。そこには、年齢よりも長い、それはそれは長い距離があるのではないか。
今の僕は、丸裸の赤ん坊のように、生きるために泣き叫ぶことなんてできないだろう。今の僕は、自分が感じたことを、言葉というツールを使って「それっぽい」形に切り取って、それで会話ができてしまう。全力で泣き叫ぶことよりも、むしろ嘘をつくことのほうが、生きるために必要な能力であるとすら感じてしまう。
僕は一体、どれほど産声から遠く離れたのだろうか。
Mr.Childrenの通算22作目のフルアルバムは『産声』と名付けられている。このアルバムを聴いて驚いた。一見、今の自分からはとても遠い場所にあると思えるタイトルのこのアルバムには、しかし、僕の生活にとても「近い」歌ばかりが収められている。歌の主人公は、日々の暮らしの中で疲れ、傷つき、憧れ、また傷つき、隣にいる人との微かな分かり合えなさや、徐々に近寄ってくる死の匂いを感じながら、懸命に今日と明日を繋いで生きている、そんな「大人」たち。
でも、このアルバムのタイトルは『産声』なのだ。その理由は、1曲目の“キングスネークの憂鬱”から始まって、表題曲“産声”を通過し、アルバムの最後に収められた“家族”までを聴き終えたときに、深く納得した。このアルバムを聴いていると、もう遠く離れてしまったと思っていた産声は、実は、ずっと自分の中で響き続けていたのだと感じる。僕はそれを「聞こえない」と勝手に判断してしまっていただけで、大切なものは、たった今、ここにある。 (以下、本誌記事に続く)
文=天野史彬
(『ROCKIN'ON JAPAN』2026年6月号より抜粋)
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