「歌」に向き合い、「生」と「愛」を見つめる
1曲目“光の世界”から、いや、その歌い出しの《悲しい日々にbyebye》という1行だけで、あたたかな場所へと導かれるように、宮本浩次の純粋で透明な歌声に惹き込まれる。穏やかなピアノの音色が、歌そのものに1対1で対峙する宮本の姿を浮かび上がらせ、《ここが俺の生きる場所 光の世界》と歌う声に確かな実感が込もる。そこからは全13曲、大切なものにやさしく触れるように、時に軽やかに、時にエネルギーを芯まで燃やすように力強く、歌に「生」と「愛」とが溢れていく。なんの衒いも裏表もなく《キミに会いたい》と歌う“この道の先で”や、《わたしなぜか涙こぼれて/降りつづくrain 街にheartに》というシンプルな歌が不思議に心を癒す“rain -愛だけを信じて-”などは、前作『ROMANCE』で日本のポップスに対峙し、より「歌」に向き合ったことが、自然と「生」や「愛」をまっすぐに見つめることにつながったように感じられる。だからこそ、普遍的で根源的な言葉で紡がれるあたたかい歌がこうして生まれたのだと思う。シンセサウンドを交え現代のブルーズを歌う“浮世小路のblues”や、モータウンビートで軽快に描く“十六夜の月”、そして小林武史が手がけた、驚きの共演曲“東京協奏曲 / 宮本浩次 × 櫻井和寿 organized by ap bank”など、歌手・宮本浩次の歌は、この作品でまさに『縦横無尽』。シンガーとしてまた新たな扉を開けた。と同時に、作品には日本のポップスの(あるいは大衆音楽としてのロックの)原点が見えてくる。今作は“P.S. I love you”で締めくくられるが、《例えば若き日の夢が 悲しみと交差するとき/その時から人のナミダが 希望を語りはじめるのさ》と歌うこの曲に、この歌詞に、ポップソングの普遍を感じる。いつの世も音楽は我々のそばにあって渇いた心を潤すものだと。今、宮本浩次はそれを体現する。(杉浦美恵)その歌のすべてが確信の座標軸の中に
それこそ歌と音のビッグバンの如く全方位的にアイデアと衝動と表現力を炸裂させていた『宮本、独歩。』への道程は言わば、ソロとして新たなスタートを切った宮本浩次がイマジネーションの混沌の中から己の核を引きずり出すための進化と試練の季節でもあったし、歌謡曲とヒップホップとメロコアの乱反射が「ソロアーティスト・宮本」像を描き出していく凄絶な歌のスペクタクルでもあった。そして、自身初のアルバムチャート1位の成果をもたらしたカバーアルバム『ROMANCE』も含むたった約1年半の間に、宮本は驚くべき加速度で自らの歌と音楽の精度を高めていった。“P.S. I love you”や“shining”“passion”“sha・la・la・la”“この道の先で”“浮世小路のblues”といった既発曲群はもちろん、《ここが俺の生きる場所》と決然と歌い上げる“光の世界”、モータウン調のビートとともにスウィングする“十六夜の月”、光と影の凛とした対比で哀しみを描き上げる柏原芳恵“春なのに”カバー……それらすべてが宮本の音楽世界という壮大なパースの中に位置付けられた確信的な表現として響いてくる。
《東京は 夢も 恋も 痛みも/愛も ポジもネガも 歌に変える》という小林武史のリリックを櫻井和寿とともに晴れやかに響かせた“東京協奏曲 / 宮本浩次 × 櫻井和寿 organized by ap bank”も収めた今作。切実に時代を求め高ぶるその歌を、時代から熱く求められる、という巨大な祝祭感のサイクルすらも創造性の推進力に変えながら、己の可能性の「その先」へ邁進する――そんな宮本の姿は、人間の生命や運命といったテーマが切実に問い直される困難な今この時代において、よりいっそう根源的なダイナミズムをもって胸に響いてくる。常に「今」を完全燃焼させ続けて道を切り開いてきた唯一無二の表現者・宮本浩次の、不屈の魂の金字塔と呼ぶべき名盤だ。(高橋智樹)
(『ROCKIN'ON JAPAN』2021年11月号より)
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