このアヴリル・ラヴィーンの「ブラック・スター・ツアー」は、本来昨年5月にスケジュールが組まれていたものだった。しかし当初の日程は昨年3月の大震災の影響で延期となり、実に9カ月ぶりにようやく実現したのが今回の来日公演である。その間にはサマーソニックでの来日も果たしているが、アヴリルの単独ツアーとしては2008年の「ザ・ベスト・ダム・ツアー」以来の大規模なもので、昨日のさいたまスーパーアリーナ公演はそんな「ブラック・スター・ツアー」の初日だった。
オープニング・アクトに抜擢された阿部真央のステージを終えて約30分後、客電が落ちると同時に辺りが緑色に発光する星型のペンライトの光で埋め尽くされる。この星型ペンライトはもちろん「ブラック・スター・ツアー」を象徴する公式のモチーフで、そんなペンライトを筆頭に数多くのアヴリルのグッズを身に付けたファン、彼女のプロデュースするブランドの服を着込んだファン、そして手作りの応援プラカードが手にアヴリル・コールを送るファンで埋め尽くされたスーパーアリーナは、まさにポップ・アイコン=アヴリル・ラヴィーンを迎えるに相応しい華やぎで満ちている。そして暗闇のステージに一筋のスポットライト、アヴリルの登場である。
1曲目は最新作『グッバイ・ララバイ』のオープニングをなぞって“Black Star”。そしてこの曲をワンコーラスさらっと歌ったところで、和太鼓パフォーマンス集団「無限」が登場し、インストの和太鼓パフォーマンスから一気に“What The Hell”へとなだれ込む。最初のインストは本格的な余興の域を出ていないと言うか、和太鼓をフィーチャーするなんて日本贔屓のアヴリルらしいなぁ……と微笑ましく見守っていたのだが、この“What The Hell”の和太鼓バージョンがあまりにも本気&ガチンコのクオリティのため、途中から思わず前のめりになってしまった。ちなみに余談だが、「無限」のメンバーが典型的な和装の太鼓奏者ではなく、渋谷センター街にいそうなギャル男風イケメン3人組だったのも面白くて、日本のリアル等身大なポップ・カルチャーとすんなりリンクしていくアヴリルと日本の「近さ」を改めて確認させられた。
しかし、いわゆるサプライズ的な演出はこの冒頭の“What The Hell”のみだった。それ以降の彼女達のパフォーマンスは、この「ブラック・スター・ツアー」は原点回帰とでも呼ぶべきシンプルなバンド・セットで構成されていた。コーラス隊を引き連れてエンターテイメント・ショウ化した側面もあった前回の「ザ・ベスト・ダム・ツアー」に比べると、アヴリルの核となるべき要素にぐっとショウの内容が集約されていく潔さ、気持ち良さを感じるものだった。
黒のだぼっとしたタンクトップにラバーっぽい素材の黒のスキニー・パンツに黒のブーツ、といったいでたちのアヴリルはこれまたシンプルで、そして相変わらず思いっきり可愛い。「What’s up Japan! Everybody Jump!」の掛け声で始まった“SK8ER BOI”といい、思いっきり野太い野郎の声で「アヴリル、アイ・ラヴ・ユー!!!」と絶叫が飛んで客席に笑いが弾け、その野郎の求愛に「ミンナサイコー!」と笑顔で答えたアヴリルにさらに大きな歓声が渦となった“He Wasn’t”といい、冒頭から初期のポップ・パンク・アンセムがノンストップで続く駆け引き無しのセットリストが爽快だ。生意気で、パンクが好きで、不機嫌で、でも繊細な女の子―――世界中のティーンに愛され共感されたアヴリルの原風景が蘇る、そんな曲が続く。
この日のショウはざっくり3部構成になっていて、1部が前述のようにポップ・パンク・クイーン=アヴリルの原点にフォーカスした内容だったのに対し、2部となる中盤は全く異なる雰囲気。アヴリルがいったんハケたステージ上では暗闇の中でグランドピアノとドラムによるイントロが始まる。そして再び登場したアヴリルがグランドピアノの上に座り、歌い始めるのは“Alice”だ。『アリス・イン・ワンダーランド』の主題歌にもなったこの曲のイメージ通り、ほの暗くゴシッキーな雰囲気を漂わせながら、深く腹の底を抉るように歌い上げるアヴリルの姿にはデビューから10年を経た今の彼女ならではの説得力が漲っていた。
そう、この日の1部がアヴリルの「原点」のパートだったとしたら2部は彼女の「今」であり、パンク・ロッカーになりたかった少女時代のアヴリルの夢を象徴する1部に対し、2部はよりシリアスなシンガー・ソングライターになりたいという今現在の夢を象徴していたのではないか。事実、アコギと共に歌われた“Wish You Were Here”は本当に素晴らしかったし、ここに彼女の新たな10年の端緒を見たように思う。
そしてショウも後半に差し掛かり、“Girlfriend”の大合唱でドカーン!と会場をブチ上げて始まった3部はとにかくヒット曲を畳みかけていくファン感謝祭的なノリのセクションだ。“Girlfriend”のようなアッパーなナンバーももちろん盛り上がるけれど、たとえば“Don’t Tell Me”のような、少しビターで切ないミッドテンポのナンバーにおけるアヴリルとファンの共振風景は本当に凄いものがあって、この日は本当に何度も、アヴリルと日本のファンの特殊な距離感について思いを巡らせることになった。
本編ラストの“I’m With You”で文字通り彼女はファンと「with you」するかのようにステージを降り、アリーナ最前をゆっくり行きながらファンと握手を繰り返していく。しかしこうやってフロアの同じ目線に立つとこの人は本当に小柄だ。ファンの殆どが彼女を見降ろす格好になっている。アヴリルはいつもこんなに小さな身体で数万人の共感を受け止めてきたのだと思うとちょっとグッとくるものがあった。そんなアヴリルにマイクを向けられて、もちろんサビは数万人の大合唱となる。文句無しのフィナーレの光景だ。
そしてアンコール・ラストは“Complicated”。まさに彼女の原点を象徴する曲でこの日のショウは幕を下ろした。過去、今、未来、そして再び過去へ――1時間半のショウの中でアヴリルの10年が巡っていく集大成の一夜だったのではないか。(粉川しの)