この新作EP『たましいの居場所』のジャケットには、タンポポの綿毛がデザインされている。『ハッピーエンドへの期待は』がバルーンアートの花だったことを考えれば、ある象徴的な変化がここには表れているのではないかと勘ぐってしまう。花瓶の中で見事に色とりどり咲いてみせた花たちは、今、綿毛となって柔らかに中空を舞おうとしているのではないか、と。
実際、この『たましいの居場所』はとても軽やかな作品だ。ひとたび目に入れば、その自由な軌道を追いかけたくなる綿毛のような愛おしくも神秘的な存在感を持っている。結成10年というタイミング、過熱する期待と熱狂、そして、2022年という時代の混沌――そんな状況にあって、今、マカロニえんぴつがこのEPで提示するのは、自らの原初に立ち帰るような真っ直ぐなサウンドと普遍的な言葉たちなのだ。
社会も、ポップカルチャーも、あまりにも目まぐるしく変化したこの10年間。『たましいの居場所』には、そんな10年間をサバイブしたマカロニえんぴつだからこそ手に入れることができたロックバンドとしての命が鳴っている。このEPを聴き終えた時、この時代に生きていることはそんなに悪いことではないと、私は思えた。(天野史彬)
01 “たましいの居場所”
もし、私やあなたが自分という存在の中に「たましい」と呼び得るものを見出すなら、それは確固とした形を持った堅牢なものではなく、むしろ、いくらでも形を変えながら揺れ動く、それこそタンポポの綿毛のような、美しい不安定さを持ったものなのかもしれない。EPの1曲目を飾る表題曲“たましいの居場所”は、そんな人それぞれの「たましい」の旅路を祝福する。《どんな傷みも悲しみも/受け入れて生きなきゃダメだってさ/そりゃないよ、なぁ?オーマイダーリン》――清廉としたメロディと、楽器同士の有機的な重なりを伝える見事なサウンドメイクの中で、青春を歌い、帰路としての人生を歌ってきたバンドが、今再び、解放のメッセージを歌っている。弱さは弱さのままで。あなたは変わらずに、変わり続けることができるんだ、と。《こんな未来でいま僕は汗かいて恥かいて/託されて歌を描いてる!》――この一節に刻まれた、自分の歌は誰かの想いでもあるという自覚。この2022年に彼らが背負ったロックバンドの姿は、悠久の時を吹き抜けるそよ風のように雄大で清々しいものだ。
02 “星が泳ぐ”
激しい音の奔流に乗せて流れ込んでくる、悲しみと蒼。アニメ『サマータイムレンダ』のオープニングテーマとして書き下ろされたこの“星が泳ぐ”こそ、『ハッピーエンドへの期待は』以降のバンドのムードを真っ先に表していた。この曲にも、「たましい」という言葉がひらがな表記で出てきている。得意としてきた2~3曲分のアイディアを1曲に詰め込むプログレッシブな展開や、ウェルメイドなポップス的アレンジではなく、音の情動を緻密に重ね合わせることで一枚の絵を描くように全景を生み出す、ダイナミックなロックソング。聴けば、海と砂が混じる瞬間のような、小宇宙的空間に誘われるようだ。今のマカロニえんぴつがこのサウンドを求めたことに、大きな意味がある。
《意味がないか こんな歌には》――アコギと歌だけになった瞬間にスッと入り込むこんな諦念もまた、はっとりらしい部分と言えるが、それでも歌い続けてきたこと、そんな気持ちも歌にしてきたことが、マカロニえんぴつがこの10年間を生き続けてきた理由なのだと改めて感じる。
03 “街中華☆超愛”
さて、この曲についてはどう書こうかしら……と、戸惑いつつも、これもまたバンドの真骨頂。あのサウナ愛滾るハードロク“TONTTU”のように、マカロニえんぴつ作品には愛着と笑いとフェティシズムにバンドが全力で向き合う瞬間が必要不可欠。というわけで、このEPはこの曲。今回のモチーフは「街中華」である。“TONTTU”に比べるとシャープかつポップに仕上げられているが、それでも、こういう曲を入れなきゃ気が済まないところにマカロニえんぴつの業とミュージックラバーっぷりを感じる。歌詞はとにかく街中華への切望が歌われていて、歌詞カードはでたらめな漢字で綴られている。そんなふざけた世界観にも拘らず、演奏はめちゃくちゃかっこいい。輪郭のハッキリした音像とメリハリの効いたアンサンブルは“星が泳ぐ”などとはまた違った面で、バンド音楽の最良の瞬間を捉えている。
冗談が通じず、真面目ぶってる奴ほど案外信用ならないもんだ。シリアスになりすぎず、常にユーモアを小脇に抱えて行こう――マカロニえんぴつのこういうスタンスが私はすごく好きだ。
04 “僕らは夢の中”
このEPが特別な作品である由縁は、実はこの4曲目の存在によるところが大きい。メンバー全員が歌詞を書き、歌った1曲。はっとり、長谷川、高野、田辺の順番に、自らが書いた歌詞を歌い繋ぐ、その姿にマカロニえんぴつの10年の轍を感じる1曲だ。父親との対話を綴るはっとり、「食」をモチーフに成長を綴った長谷川、ひとりの内気な青年が抱く静かな熱を綴る高野、そして、ギタリストとしての誇りと憧れを綴った田辺。一人ひとりの歌声がいい。その声たちが重なる瞬間がいい。ここには「メンバー全員が曲を書ける音大出身の優秀なバンド」ではなく、「ロックバンドに人生を見出したはみ出し者たちの居場所」としてのマカロニえんぴつの生き様がある。
マカロニえんぴつは探してきた。希望を。ハッピーエンドを。まだ道半ばかもしれないが、彼らは気づいている。ロックバンドは「夢の生きもの」である。彼らは夢の中で生きることを選ぶ壮大な野心家たちなのだ。そんな夢の棲息者たるロックバンドを見ている時、それはつまり、私たちは夢を見ているのと同義なのである。
(『ROCKIN'ON JAPAN』2022年8月号より)
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