Saucy Dog、未来への願いをボトルに詰めて――ミニアルバム『サニーボトル』が描くサウシーの今

Saucy Dog『サニーボトル』
発売中
MINI ALBUM
Saucy Dog サニーボトル
武道館で“Be yourself”が鳴り響いた瞬間、なんだかここから未来がひらけていくような予感がした。力強く手を引っ張るような演奏の力強さ、メンバー全員で叫ぶ《間違えていこう!》という宣言。「自分らしくいよう」というこの曲の、そしてアリーナツアーのテーマでもあったメッセージは、少なくとも自分たちの今立っている場所に自信や手応えを感じていなければ言葉にできないものだと思う。Saucy Dogはようやく、そういう場所に辿り着いたのだ、と思った。そしてだからこそ、3人で鳴らし続けていた歌は(実際にはお客さんの声は聞こえなかったけれど)、これほどまでに大きな、本当の意味での「みんなの歌」になったのだと。

6作目となるミニアルバム『サニーボトル』は、そんな「みんなの歌」のアルバムだ。言うまでもなく、前作『レイジーサンデー』収録の“シンデレラボーイ”が超ロングヒットとなり、もとから彼らの音楽を支えてきた10代を中心としたファン層から大きな広がりを生み出した今だからこそ、彼らはそういう作品を生み出すことができた。サウシーは今作で、より大きな役目を背負って歌うことを決めたのだ。それは“Be yourself”だけの話ではない。《本当の⾃分を⾒て》と歌う“あぁ、もう。”しかり、《それだけでいい そのままがいい》という“優しさに溢れた世界で”しかり、《まるごと愛せばいいのさ》という肯定の言葉が力強い“ノンフィクション”しかり。ここに収められた7曲(いや、恒例のせとゆいか作詞によるボーナストラック“ころもがえ”も含め8曲)は、どの曲も「自分らしくいよう」という意志とメッセージを貫いている。

今ここでバンドの歴史をひもとくような文字数の余裕はないけれど、そしてそんなことはウィキペディアにも書いてあるような基礎知識だけれど、やはりとても大事なことなので改めて書く。今のSaucy Dogは途中で石原慎也以外のメンバーが全員いなくなり、文字通りゼロから始まったバンドだ。いや、それまでの積み重ねが一瞬にして無に帰したという意味ではマイナスからの再スタートだったかもしれない。その経験と心情が今も石原の歌詞には間違いなく息づいているし、めちゃくちゃ仲はいいものの外側から見ると時々少しだけ緊張感が透けてみえることもある、ちょっと不思議なトライアングルのバランスを生み出しているそれは言葉を変えるなら、「バンドは自分ひとりのものではない」という根本的な認識を彼らは常に持っているということだ。楽曲制作の中心にいるのが石原であることは揺るぎない事実だが、だからといってサウシーは決してワンマンバンドではない。誰かのエゴや主義主張によってではなく、全員の合意と共感と共同作業によって初めて空に羽ばたくことができる、人力飛行機みたいなバンドなのだ。誰かがちょっとでもサボったり諦めたりしたら途端にその翼は折れてしまう。そうならないように、彼らはとても丁寧に意思疎通をして、温度を共有し、繊細に作品を世の中に送り出してきた。

なぜ彼らはフルアルバムではなくミニアルバムというパッケージでコンスタントにリリースすることにこだわるのか、なぜ初武道館はワンマンだけでなく対バンイベントとセットだったのか、なぜタイアップソングにとんでもない情熱を傾けるのか――。「戦略」と言ってしまえばそれまでだが、いったん閉じかけたドアを開けるところから始まったバンドだからこそ、それを二度と閉じてはならない、と肝に銘じているのではないかと思う。ライブのMCを聞いたり、公式サイトでアップされている秋澤和貴のセルフライナーノーツを読めば、3人ともまったく同じ地平でバンドやその音楽に向き合っていることがわかるだろう。

そんな彼らが歌う「自分らしくいよう」というメッセージは殻に閉じこもろうという意味ではもちろんない。《間違えていこう!》とみんなで叫ぶということは、誰かの視線や興味や評価に晒されながら、それでも自分を信じていこうということだからだ。3人はずっと、そうやってバンドをやってきたに違いない。

話をもとに戻そう。僕は今作『サニーボトル』は「みんなの歌」のアルバムだと書いた。だがサウシーは人力飛行機を高く高く飛ばすために、ずっと「ひとりの歌」ではなく「みんなの歌」を歌ってきたのだ。その「みんな」が、メンバーの3人だけでもなく、スタッフを含めたチームの面々だけでもなく、もっともっと大きな意味をもつになったというだけの話だ。ただし、その違いはものすごく大きい。みんなを乗り込ませる飛行機はより頑丈でなければならないし、その頑丈で重い機体を空に持ち上げるだけの筋力も気合も必要だ。だから今作では、これまでの作品と比べてもソリッドでタフなバンドサウンドが鳴っている。あえて雑な表現をすれば、非常に「ロック的」だと言ってもいい。

アルバムのオープニングナンバー “404. NOT FOR ME”の高らかなマーチングドラムから始まり、相変わらず歌うように叩かれる饒舌なドラム、アルバム全編にわたって鳴り響くギターのストローク、時にメロディを歌い、時にサウンド全体をブーストする着火剤の役割を担うベースラインの活躍ぶり。3ピースのシンプルな構造の中でどこまでエネルギーを生み出せるのかという挑戦が、この作品に熱量をもたらしている。一方石原の歌も素晴らしい。柔らかさの中にもハリがあり、背筋がピンと伸びたような凛々しさを宿している。透き通るような優しさを感じさせる“君ト餃子”のような歌をこのサウンドの上で表現できるというのはまさに進化だ。だからこそコーラスも活きる。“魔法にかけられて”でのせとのコーラスとの絡み、それ自体はサウシーらしいスタイルだが、メインボーカルとバックアップという関係に収まらない、まるで会話のようなふたつの声のあり方はより鮮やかに情景を描き出す。もとより歌はサウシーの大きな魅力だが、その懐がますます深くなっている。聴くだけでなく、一緒に歌いたくなる歌なのだ。
 
今作のサウンドも歌も、「乗ってこいよ」と言っているように僕は感じる。大丈夫だよ、このままどこまでもいけるよ、と。歌詞では過去の記憶や心の中の切なさや痛みも描かれるが、この音が、声が、それだけでは終わらせない。そこから始まる未来のほうへと聴き手の手を引っ張っていく。恋の終わる瞬間を描いた“404. NOT FOR ME”、片思いを歌った“あぁ、もう。”、恋というよりも「愛」の歌と言うほうがふさわしい“魔法にかけられて”。石原の描く恋や愛はどれも切ないが、どの曲でもはっきりとした「その先」が描かれている。片思いしていた《あたし》は髪を切りに行くし、“魔法にかけられて”のふたりが交わす《愛してるよ、おやすみ。》は明日に向かう合図だ。離れていく心を出番を終えたTシャツに喩えるせとの“ころもがえ”もそう。決然とした《ばいばい。》は決して行き止まりではない。悲しみや痛みや切なさ、それらを全部引き連れて、Saucy Dogはここからさらに突き進んでいく。もちろんこれを読んでいるあなたもその乗組員のひとりだ。

『サニーボトル』。その言葉に僕は晴れ渡った空を封じ込めたビンをイメージした。その中にはきっと眩い希望が詰まっている。いろいろ大変な時期が続いているけれど(サウシーもその真っ只中で戦ってきたバンドだ)、そろそろその蓋を開けるのにはいい頃合い。いよいよ、未来が溢れ出す。(小川智宏)

(『ROCKIN'ON JAPAN』2022年8月号より)

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