「少年時代の憧れ」を解き放った宮本浩次の「歌」の究極系――カバーアルバム『ROMANCE』全曲解説! 連載シリーズ、第3弾
「一曲一曲、思い出と共に笑ったり、時には涙さえ流しながら、選曲する作業は、わたくしにとって自分の幼少期の心のアルバムを広げていくような、真剣でいながら、また楽しい時間でもありました」
カバーアルバム『ROMANCE』のリリースに寄せて、宮本浩次はそんなコメントを発表していた。エレファントカシマシのデビュー当時は「禁じ手」としてきた歌謡曲への想いを、ソロデビュー曲“冬の花”でついに解き放ち結実させた宮本。ソロ1stアルバム『宮本、独歩。』を携えた初のソロ全国ツアーが、コロナ禍により全公演中止を余儀なくされた中、「1日1曲カバーする」と自らに課した宮本は、その歌の主人公への共感のあまり歌いながら号泣することもあったという。そして、プロデューサー・小林武史とともに己の「少年時代の憧れ」と向き合う日々……。それは居心地のいい「ノスタルジーの発露」とは一線を画した、自分自身の表現に新たな覚醒を迫るような「怒濤のポップ革命」とでも位置づけるべき熾烈な時間だった――ということは想像に難くない。
70年代から90年代まで幅広い時代にわたって、女性ボーカル曲のカバーを収録した今作『ROMANCE』。ここに収められた全12曲は宮本の「原点」でもあり、『宮本、独歩。』の先に広がる無限の未来を指し示すポップ羅針盤でもある。その12曲の全貌を、全曲レビューで解き明かしていきたい。
文=高橋智樹
⑨“ジョニィへの伝言” ('73年/ペドロ&カプリシャス)
作詞・阿久悠、作曲・都倉俊一の手によるペドロ&カプリシャスの代表曲であり、2代目ボーカルとして加入した高橋まり(現・高橋真梨子)にとってのレコードデビュー作となったシングル表題曲(後に高橋真梨子もソロでカバーしている)。宮本は“喝采”に続き、この楽曲にも原曲通りのキーで挑んでいる。《ジョニィが来たなら伝えてよ 二時間待ってたと》のフレーズに合わせて、あの生命力の塊のような宮本の歌声が音階を駆け上がる歌い始めの場面で、抗い難い歓喜と戦慄に襲われるのは僕だけではないはずだ。原曲と同じくストリングスをフィーチャーしたアレンジではありながら、オリジナルよりもバンドアンサンブルのタイトなグルーヴ感を前面に打ち出していることによって、宮本の歌がミディアムスロウの楽曲の中に「女性視点」と「男性のリアリティ」をごく自然と共存させることに成功している。今作の随所に冴える宮本&小林タッグの真髄が、とりわけ鮮やかに結実した名テイクだ。そして終盤、《サイは投げられた もう出かけるわ/わたしはわたしの道を行く》の一節は、『宮本、独歩。』の「その先」を闊歩する宮本の決意のようにも思えてくる。
⑩“白いパラソル” ('81年/松田聖子)
“赤いスイートピー”とともに松田聖子の楽曲からもうひとつセレクトされたカバー曲は、作詞・松本隆、作曲・財津和夫による6thシングル曲“白いパラソル”。《渚に白いパラソル/心は砂時計よ/あなたを知りたい/愛の予感》……女性のボーカリストでも躊躇するに違いない美麗なハイトーンのサビのフレーズを、キーをBからAにひとつ落としているとはいえ、《あなたを知りたい》の部分の瞬間的な転調も含め完璧に歌い上げる宮本の表現力には驚愕するしかない。1981年当時のオリジナルの「爽やかなアイドル歌謡ナンバー」といった佇まいの楽曲に、ウォール・オブ・サウンド調のバンドアンサンブルと音像を与え、宮本のハイエナジーな世界観とごく自然に織り合わせてみせた小林武史のアレンジ。そして、青空と砂浜と白いパラソルの色彩の対比を無限増幅しながら、聴く者すべてを眩しい陽光の中へ導いていくような歌の躍動感。「女性ボーカルの楽曲」という大きな括りに留まらず、「宮本浩次が歌う松田聖子」をもっと聴きたい!という欲求をかき立てるには十分すぎる輝きを、このカバーバージョンは確かに備えている。
⑪“恋人がサンタクロース” ('80年/松任谷由実)
エレファントカシマシでは稀少なカバー曲“翳りゆく部屋”でもお馴染みの松任谷由実による、山下達郎“クリスマス・イブ”とともにクリスマスソングのスタンダードとして愛され続ける珠玉のポップナンバー。“翳りゆく部屋”がシングル曲で、映画『私をスキーに連れてって』挿入歌“恋人がサンタクロース”は『SURF&SNOW』収録のアルバム曲という点にも、キャッチー至上主義では割り切れないユーミンの不屈の美学が滲む。《恋人がサンタクロース/本当はサンタクロース つむじ風追い越して》というサビの部分――あのカラフルなコード進行を分厚い多重録音コーラスで響かせる、ある意味この楽曲最大のフックともなっている部分を、宮本は最低限のハモリとともに至ってソリッドに歌い上げている。クリスマスならではのゴージャスな祝祭感は小林武史のバンドアレンジに任せ、武装も虚飾も取り払ったような素直な歌を聴かせる図は、あたかも女性目線のファンタジーの結晶たるラブソング“恋人が〜”を、男性の立場から現実として実現しようとするかのような、「ポップ騎士道精神」とでも形容すべきエンターテイナー性を感じさせるものだ。
⑫“First Love” ('99年/宇多田ヒカル)
言わずと知れた宇多田ヒカルの、日本のアルバムセールス歴代1位を記録した1stアルバム表題曲(後にシングルカット)。今作の収録曲ではオリジナルリリースが最も新しい――というか、ほかの収録曲がすべて「少年・宮本浩次が親しんだ楽曲」であるのに対し、この“First Love”リリース当時、宮本は32歳。“今宵の月のように”での成功の時期を終えて、“ガストロンジャー”の変革の季節を迎えようとしていた1999年の宮本に、宇多田ヒカルの歌は「日本の歌心の最進化形」として少なからぬ印象を残したはずだ。エレキギターのシンプルなアルペジオの響きをバックに、《You are always gonna be my love/いつか誰かとまた恋に落ちても/I'll remember to love/You taught me how》と裸の歌を聴かせる宮本。ロックで己と、時代と闘い続けてきた矜持が宮本自身の中に確かに脈打っているからこそ、音楽と愛し愛される「今」を謳歌することができる。そんな無垢な喜びそのもののように、この“First Love”での宮本の歌はまっすぐに胸に響いてくる。アルバムのラストを飾る神秘的な音空間は、小林武史から宮本への至上のオマージュなのかもしれない。
(『ROCKIN'ON JAPAN』2020年12月号 別冊 宮本浩次より)
現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』12月号別冊に宮本浩次が登場