尾崎世界観は何故、「言葉」という喪失に向かったのか?――小説『母影』を読んで感じた、言葉が光だった頃の記憶

尾崎世界観は何故、「言葉」という喪失に向かったのか?――小説『母影』を読んで感じた、言葉が光だった頃の記憶

尾崎世界観の小説『母影』を読んだら、10年ほど前に渋谷の「乙」というライブハウスで初めてクリープハイプのライブを観た時のことを思い出した。大学を卒業して雑誌の編集部に就職したばかりの頃のこと。その日は他のバンドを目当てに行ったライブだったのでクリープハイプに関する前知識はゼロだったが、2番手くらいに出てきた彼らの、白目をむいて苦しそうに歌うボーカリストの佇まいとメロディアスな楽曲が好きになって、ライブの帰りに物販で『ねがいり』と『When I was young, I'd listen to the radio』という2枚のCDを買った。

当時、社会人1年目の私は、その頭の悪さから「近けりゃいいじゃん」と、会社の事務所がある場所と同じ下北沢を最寄り駅にしてアパートを借りてしまっていた。そのせいで「終電」という概念を失くしてしまい、深夜3時とか4時に徒歩で帰宅する日々が続いていた。そんな頃に、くたびれた耳で、あの日、渋谷のライブハウスで買ったくたびれた歌をよく聴きながらアパートの自室に帰った。中でも“アンタの日記”という歌が特に好きだった。

あたしには何も無いけど毎日日記を書く
あたしには何も無いから毎日日記を書いてる
(“アンタの日記”)


「何も無い」という理由で日記を書き続ける曲の主人公。「有る」から書くのではなく、「無い」から書く、というこの主人公の感覚には不思議と惹かれるものがあった。言葉はどこから発せられるのか? 言いたいことや伝えたいことがある、という力強い自覚から言葉が溢れ出す人もいるだろう。そうやって生まれた言葉は、人をわかりやすく動かす力を持ち得るかもしれない。では、「何も無い」という実感から生み出された言葉はどこに向かって放たれるのだろうか。その言葉が生み出すコミュニケーションとはどのようなものなのだろうか。そんな明快な行き場所がわからずに世に放たれた言葉たちのことを考えると、頭の中には他のクリープハイプの曲の主人公たちの姿が思い浮かんだ。彼らの曲の主人公の多くは、何かを喪失した人間だった。たとえば、恋を。たとえば、理想の未来を。それらを喪失したまま、しかし空いた穴を埋める術を持たず、失ったものを失ったものとして抱えながら、確かに生きる人々。クリープハイプが音楽のなかで命を与えるのはそういった人間の姿だった。

『母影』を読んで10年ほども前のことを思い出したのは、この小説に書かれているのが、尾崎世界観という表現者が本質的にどういうものを美しいと感じ、どういうものに癒しと優しさを見出しているか、その変わらぬ眼差しに改めて出会ったからだったのだと思う。そしてこの小説は、「言葉」というものをとても大きなモチーフとして扱っていた。

主人公は小学生の少女だ。彼女は身の周りの人やモノ、そして自分の気持ちを言葉にすることに違和を感じている。それは彼女がまだ子どもだからとも言えるし、性格とも言えるのだが、言葉にできずとも、彼女は見ているし、感じているし、触っているし、味わっているし、嗅いでいる。しかし、言葉によって誰かに呼びかけたり、何かを語ろうとする時、彼女は鈍い痛みをそこに感じている。

本書の大部分は少女の「心の声」とも言える独白によって成り立っているが、その独白部分は、音と意味が競争するような、不思議ながら確かな実感を持ち、ひらがなを多く用いた柔らかく続いていくような文体であるのに対して、他者と会話する場面において少女の台詞は、パキっとした、簡潔ながら空を切るような文体によって表されている。その対比も、いかに彼女が言葉を用いて世界を語ることに苦心しているかを物語っている。少女にとって、眼前にある最も大きな問題は母親との関係だが(小学生である彼女にとって、それは学校などの社会との関係にも深く繋がる)、彼女は母の存在についても、明確に言語化できないものを感じている。

私がまだお母さんをママってよんでたころ、お母さんはただの丸い玉だった。その玉の近くにいるだけでうれしかったし、その玉にさわると安心した。丸い玉はいつも私をまもってくれてて、あのときの私はそれをママってよんでた。だけど私が大きくなるのといっしょに、ママの形もだんだん変わってきた。ただの丸じゃなくなったから、もうママってよぶのはおかしいと思った。だから、私がはじめてお母さんをお母さんってよんだとき、お母さんはやっと今のお母さんの形になった。でも、お母さんがカーテンの向こうでお客さんといるとき、お母さんはもうお母さんの形をしてないのかもしれない。もしそうだったら、私はこれからお母さんをなんてよべばいいんだろう。
(『母影』新潮社、P.34)


言葉にするということは、物事をある一定の形に「切り取る」ことでもある。はじめに、「ママ」という同音の連続がある。この時点では、まだ音は「意味」よりも「身体」に寄り添っているように思えるが、そこから「お母さん」へ、そして新たな言葉へ。意味づけ、理解し、呼びかけ、語るために、世界から「言葉」として存在の輪郭を切り取ろうとするたびに、目の前にいる自分を生み育てた人間の形は変わっていく。それは切り絵のようなものと言えるだろうが、では、切り離された余白はどこへ行くのか? 丸い玉から「お母さん」という輪郭を切り取ったときに、子どもの頃に遊んだシールのシートの枠のように、確かにあったはずの余白は、切り離されて捨てられてしまうのではないか?

言葉にさえしなければ「在るがまま」の全体であり得たその存在を、わざわざ、言葉にする。特定の形に切り離す。それによって、他者に説明できることは確かに増えていくだろう。自分を納得させることもできる。しかし、その目で見て感じていたはずの世界は、心は、本当に言葉で説明し、納得し得ることだけで形成されていたのだろうか? そう考えた時に、「言語化」とは、またひとつの「喪失」の行為であることがわかる。

もし、赤ん坊のように声にならない声で泣き叫ぶことで、自分の感情を、何をも失うことなく、この世界にありのままに伝えることができたら、どれほど幸せか。その泣き声から意味を汲み取ってくれる存在が、常に自分のそばにいてくれたら……。どう妄想しようが現実にそんなことはあり得ず、人は成長するにしたがって、かつては泣き声だったものを「言葉」という形に切り取り、自らの気持ちを整理するための手段を獲得していく。たとえ、それによって大切だったもののどこか一部分が、余白として捨てられてしまったとしても。それでもなお、人は言葉によって世界を、気持ちを、切り取り続けていく。そうすることで、人と人は、この社会を生き抜こうとする。

『母影』の中で、「言葉にする」という行為と隣接するようにして、食事と排便の様子が描かれる。少女は食べることが苦手だ。咀嚼し、飲み込むことに時間がかかってしまう。いくつかの印象的な食事のシーンは、彼女と世界との関係を表しているように思える。そして、物語の終盤にある排便のシーンは、少女の中で何かが決壊したことを象徴しているようだ。その周辺の出来事を境にして、少女は新たに言葉を獲得する。その言葉は、少女が言うところの「水のウンコ」のように、痛みを伴いながら、どうしようもなく溢れ出てくるものだった。

尾崎は、言葉を語ることを、あるいはそのために何かを失うことを嘆くためにこの小説を書いたわけではないだろう。本当の意味で、人が言葉を獲得するとはどういうことなのか、「小学生の少女」に同化したうえでそれを自ら実践しながら、人間がその生命活動においてどうしても避けて通ることはできない「喪失」に、改めて根底から向き合うために彼はこの小説を書いたのではないか。そのために彼は、これまで使ってきた言葉を失くし、新たな言葉で少女の見た世界を切り取った。その姿は、言葉がインスタントに氾濫するこの時代の中で、「言葉で語るなら、もっと本気で失え」と静かに叫んでいるようにも見える。

尾崎はよく「言葉の人」と評されるが、それよりもやはり強く「音の人」で、それゆえに言葉にも敏感にならざるを得なかったのではないだろうか。そして言葉に敏感になるということは、すなわち喪失に敏感になることだった。『母影』の少女もまた確実に何かを失っていくのであろうが、物語の創造主である尾崎は、言葉が光であった頃の記憶を、確かに、少女のひと言ひと言に刻みつけている。(天野史彬)



尾崎世界観は何故、「言葉」という喪失に向かったのか?――小説『母影』を読んで感じた、言葉が光だった頃の記憶 - 『ROCKIN’ON JAPAN』2021年7月号『ROCKIN’ON JAPAN』2021年7月号
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