崩れ落ちた希望の「その先」に光るもの――MV公開から1年、back numberの配信シングル“水平線”が指し示す「もうひとつの核心」

崩れ落ちた希望の「その先」に光るもの――MV公開から1年、back numberの配信シングル“水平線”が指し示す「もうひとつの核心」

未だ終わりの見えないコロナ禍の状況は、この歌を「悲しく苦い2020年の記憶」の象徴として振り返ることすら許してはくれない。それでも僕の中でこの歌は、世界中が困難に陥って以降に触れた楽曲の中でも、特別な包容力を備えたものとして存在し続けている。そして、多くの人にとってもまた、この歌は大切な1曲であり続けていることと思う。打ちひしがれた感情に虚飾の希望を無理矢理照射するのでもなく、訳知り顔で心のヒビ割れの奥底を蹂躙するのでもなく、「今そこにある悲しみ」そのものをメロディに昇華して歌い上げることが何よりの福音になる――という音楽のマジックを、この“水平線”というロックバラードはどこまでもリアルに、かつ美しく体現しているからだ。

水平線が光る朝に
あなたの希望が崩れ落ちて
風に飛ばされる欠片に
誰かが綺麗と呟いてる
悲しい声で歌いながら

いつしか海に流れ着いて 光って
あなたはそれを見るでしょう


昨年8月のMV公開から1年の時を経て配信リリースされた“水平線”。新型コロナウイルス感染拡大の影響で昨年夏に訪れた、史上初のインターハイ(全国高等学校総合体育大会)中止という事態。開催のために尽力してきた運営担当の高校生からの手紙を受けて、back numberが急遽制作した楽曲“水平線”のMVが公開されたのは、昨年のインターハイ開会式の予定日、2020年8月18日のことだった。


アルペジオのリフレインが半音だけ形を変えたところで力強いバンドサウンドが重なり合う、シンプルにして雄大なサウンドスケープ。歌い出しもサビもトニックコード(主和音)=B♭とそのルート音である主音(ドレミで言うところのド)から始まる、back number的にはもちろん現在のロック/ポップミュージックの世界においても珍しいほど直球勝負のメロディライン。そして、《出来るだけ嘘は無いように/どんな時も優しくあれるように/人が痛みを感じた時には/自分の事のように思えるように》と、誰かに歌いかけるというよりはまず自分自身に向けて自問するかのような、真摯で自然体な詞世界……。悲しみに暮れる人に対してどんな優しい言葉も無効である、ということを楽曲の形で具現化するかのように、ありとあらゆる手練手管やギミックを排し、一見冷徹なまでの筆致で「描写」に徹したその歌詞とメロディは、だからこそ渇いた心と感情に沁み渡る。かねてよりバラードに定評のあるback numberだが、この“水平線”は明らかに他のバラード曲とは質感もスケール感も異なる。

「費やし重ねてきたものを発揮する場所を失くす事は、仕方ないから、とか、悲しいのは自分だけじゃないから、などの言葉で到底納得出来るものではありません」「俺たちはバンドマンなので 慰めでも励ましでも無く音楽を ここに置いておきます」……MV公開時に清水依与吏が寄せたそんなコメントの端々からも、この楽曲を生み出すためにどれだけの想いと思考を巡らせたかが伝わってくる。

その同じコメントの中で清水は、「選手達と運営の生徒達に向け、何か出来る事はないかと相談を受けた時、長い時間自分達の中にあるモヤモヤの正体と、これから何をすべきなのかが分かった気がしました」と記していたのが印象的だった。そしてその後、昨年10月の配信シングル『エメラルド』リリース後に『ROCKIN'ON JAPAN』2020年12月号の表紙巻頭特集に登場した際のメンバー全員ロングインタビューには、“水平線”に関する清水の以下のような発言が掲載されていたのが胸に残った。

「『きみたちを救うために、僕らは頑張るよ』みたいなことではなくて。『今さらそんな、そういうんじゃないんだよ』みたいな感覚が強いです。だけどなんかねぇ、難しいんですけど表現が。『クソじゃない』って思いたかったんですよね、自分たちも。クソじゃない、最悪じゃないって思うためには何が必要かって思った時に、この曲でこの歌詞でっていうふうに、自分たちの中に、たぶんなきゃ作れなかった。何か言葉をかけようとしたら作れないですね。狙っちゃいます、たぶん」「泣かせようとしちゃいます。そうじゃなくて、結局、自分が救われたいというか……なんか、ああいうふうに言葉が出てくることで、結局俺たちはもう十分救われてるから」


確かに、音楽は誰かのための希望になり得るものではあるし、僕自身も音楽に揺り動かされてきたことは多々あった。が、それらは最初から「聴く人の希望になる」ことを想定して作られたようなものではなかった。むしろ、希望など見えない五里霧中の状態の中でもがき苦しみ葛藤する心をそのまま活写したような楽曲の中にこそ、リスナーたる自分を前へ先へと突き動かしてきた原動力はあったように思う。

音楽は言葉を含む以上、メッセージ性とは切っても切り離せない関係にある。しかし、音楽をメッセージやアジテーションの容れ物とするような表現、つまり「何を」歌っているかが最重要テーマであるような楽曲は、世界中が喪失感に包まれているこの時代においては訴求力を失う。そして、「音楽には人を動かす力がある」ことをハナから前提として疑わない表現は、拭い難い懐疑が満ちあふれている社会の中では効力を発揮しない。言葉を疑い、音楽の意味を疑い、「自分たちにできること」を疑い抜いた果てに生まれた楽曲だけが、混沌の世界において浸透力を持ち得るのである。

自分の背中は見えないのだから
恥ずかしがらずに人に尋ねるといい
心は誰にも見えないのだから
見えるものよりも大事にするといい


「音楽なんて、聴いて、ちょっとでも前向きに――『もう少しやってみっか』って思えるようなものじゃなかったら、なんにもないから。少なくとも俺たちの音楽は、誰に悪口言われたって、誰に否定されても、あなたの幸せを絶対に願ってると思うんで。絶対にそういう曲たちだと思うんで。安心して聴いてほしいなと思います、これからも。一生懸命に作って、それが人を不幸にするものじゃあ、絶対にダメだと思うんで。幸せになんてできなくてもいいから、少しでも追い風を吹かせられるものであることを願ってます」


昨年10月25日に行われた、back number初のバンド編成での無観客配信ライブ「live film 2020 "ASH"」で、清水は“水平線”を演奏する前にそんな言葉を口にしていた。以前から「ライブは得意じゃない。でも、自分たちが一生懸命に作った歌だから、恥をかかせたくない」とMCで語っていた清水。「みんなで幸せになろう」と歌うことでは幸せは訪れないことを痛いほど知り抜いている清水は逆に、聴く人を不幸にする要因を徹底的に精査し濾過し尽くすことによって、鼓舞や激励のメッセージとはまったく別の形で僕らと共鳴する生命力を、その「描写」の筆致に与えるに至ったのである。

楽曲終盤、《誰の心に残る事も/目に焼き付く事もない今日も/雑音と足音の奥で/私はここだと叫んでいる》のフレーズのあと、ラストのサビで1音上がってCのキーに移る展開が生み出すドラマチックな高揚感も、迷いも逡巡も振り切るようなシンプルなメロディ運びと言葉選びゆえのものだ。それはあたかも、希望という名の青い鳥はがむしゃらにそれを追いかけた末に見つけるものではなく、存在を諦めた末に日常の中に見つかるものだ――ということの証明であるかのように静かに、しかし強く胸に迫る。


現在YouTubeで公開されているback numberのMVの中で“水平線”は、“青い春”“高嶺の花子さん”“ハッピーエンド”といった代表曲群と比べても飛び抜けて多い9000万回超の再生数を記録している。楽曲自体がリリースされておらず、公開されていたのがMVのみだったこともその理由としてはあるが、何よりその最大の理由は、この時代において“水平線”が「希望なき時代の光」そのものとして響いてきたから――に他ならない。

クール&ミステリアスな熱情を鳴らした“エメラルド”、目映いロマンとセンチメントが弾け回る“怪盗”といったドラマ主題歌シングルを通してポップの輝度と強度を高めつつあるback number。その一方で“水平線”は紛れもなく、時代と向き合う表現者としてのもうひとつの核心の在り処を厳然と指し示している。(高橋智樹)



  • 崩れ落ちた希望の「その先」に光るもの――MV公開から1年、back numberの配信シングル“水平線”が指し示す「もうひとつの核心」 - 『ROCKIN’ON JAPAN』2021年10月号

    『ROCKIN’ON JAPAN』2021年10月号

  • 崩れ落ちた希望の「その先」に光るもの――MV公開から1年、back numberの配信シングル“水平線”が指し示す「もうひとつの核心」 - 別冊 平手友梨奈

    別冊 平手友梨奈

  • 崩れ落ちた希望の「その先」に光るもの――MV公開から1年、back numberの配信シングル“水平線”が指し示す「もうひとつの核心」 - 『ROCKIN’ON JAPAN』2021年10月号
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