作品が出るたびに、自分の中にあるインタビュアーとしての好奇心をくすぐってくる。彼女は何者なのだ、と。
TikTokで紫 今のアカウントを見つけたのは22年の終わり頃だろうか。「作曲歴◯ヶ月の私が作りました」といった動画や文化祭で椎名林檎をカバーした映像がアップされていて、それだけで判断することには慎重になっていたのだが、“凡人様”が発表されたときに「この才能は抜きん出てるかも」と深く引き込まれたのである。
まず、編曲まで手がけるソングライティングの技量とセンス。テレビアニメ『青の祓魔師』エンディング主題歌“学級日誌”は、思わず「え?」と声が出る4分の展開だ。吐息まで耳に伝わる生々しい歌から始まり、ストリングスに乗ってサビで壮大な場所に到達したかと思えば、ギターソロが入ってきて、突然ロックとオペラが交差しヒップホップ的なビートも混ざって混沌とした心情を炙り出し、最後にはチャイムが鳴る──「え?」。ジャンベ奏者の父親からの影響もあるのか、世界中の古き良きリズムや最新トレンドのビートをいかに日本のポップスに面白く落とし込むかという試みを毎回やってのけているようにも見える。そして作詞力。“凡人様”でいうと、「凡人」に「様」をつけた言葉の発明力に感服するし、《ENTP》など現代的なワードを使いながら、型にはめて安易に人を天才と呼んだり誰もが凡人コンプレックスを抱えていたりする時代の空気を掬い上げた歌詞を完成させている。しかも曲を出すたびに新たな一面を見せてくるから恐ろしい。たとえば“Soap Flower”はJ-POPの王道を突いてくるような仕立てだし、歌詞の描写もカメラの置き場所が変幻自在なのである。さらに歌唱力。曲ごとに異なるニュアンスを細かく使い分ける技術力と、ホイッスルボイスまで繰り出す声域の持ち主。最後にもうひとつ。SNSに上げる映像、自分で描いたイラスト、コラージュなどから窺えるアートセンスも並大抵ではないのだ。
その多才さと自由な発想力で、大勢の人を巻き込んで虜にし、日本のポップスを推し進めてくれる予感がする。
文=矢島由佳子
(『ROCKIN'ON JAPAN』2024年3月号より抜粋)
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【JAPAN最新号】紫 今、この才能は人を虜にする。
2024.02.07 12:00