ビヨンセ、初プロデュースにして完璧な仕上がりのインスパイアード・アルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』。ファンタジーが描くアフリカのアイデンティティとは?

ビヨンセ、初プロデュースにして完璧な仕上がりのインスパイアード・アルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』。ファンタジーが描くアフリカのアイデンティティとは? - 『スピリット』『スピリット』

8月9日に公開された映画『ライオン・キング』。フルCGリメイク版としてここ日本でも大ヒットが予想されるが、さらなる作品の重しとなっているのはビヨンセがインスパイアード・アルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』をプロデュースしていることだろう。ビヨンセはかねてから、アメリカで生きるアフリカ系アメリカ人ーーとりわけ、アフリカ系アメリカ人女性としての問いかけを行ってきたし、その歴史的なアプローチは重厚な意味合いも孕んだ作品世界を伴うものになってきた。そんなビヨンセが取りかかるのだから、この作品にはある意味で壮大なビヨンセなりのテーマと追求があるはずなのだ。それはなぜかといえば、この映画の物語がアフリカを舞台にしているからだ。


アフリカの大自然を舞台にするということで、ビヨンセはこの作品で多数のアフリカのアーティストとの共演を果たしてみせている。それは『ライオン・キング』のインスパイアード・アルバムという文脈では当然の試みとなるはずだが、これまでアフリカ系アメリカ人としてのアイデンティティを作品で問いかけ続けてきたビヨンセとしてはまたとないチャンスでもあったはずだ。

それはどうしてかというと、アメリカとアフリカでは、文化の文脈もなにもかもかけ離れ過ぎていて、通常のR&Bにアフリカのアーティストが共演するとなったら、ロック・ミュージシャンとユッスー・ンドゥールとの共演のような異種格闘技戦のようなものにしかならないからだ。周囲からは同じ黒人同士の共演という目で見られて、そうした文脈での繋がりや相互理解を期待されてしまうので、こうしたコラボレーションはとても難しい性格のものになるはず。基本的にアメリカの黒人アーティストがアフリカのアーティストと共演することが稀なのはそんな事情も働いているはずだ。そうしたコラボレーションはフリー・ジャズなど、あらゆるスタイルをものともしない、アートとしての環境でないと通常は実現しにくいものなのだ。もしくはケンドリック・ラマーのように意識的にアフリカのアーティストとのコラボレーションを取り組んでいくしかなく、おそらくビヨンセもそのようなアプローチでこの作品に向かったのだろう。

しかし、このアルバムではビヨンセによる、アメリカのR&Bとポピュラー・ミュージックをベースにした楽曲の数々に自由にアフリカ風のアレンジを加え、アフリカのミュージシャンと共演する場が成立している。それはなぜかといえば、『ライオン・キング』がファンタジーであり、このアルバムの音楽的世界も彼女のファンタジーだからだ。

これは『レモネード』が背負っていた、アフリカ系アメリカ人の重い歴史的な背景とはまるで違うもの。しかし、ビヨンセがこれまでのアフリカ系アメリカ人の歴史と背景と徹底的に向き合ってきたからこそ、このファンタジーとしてのアフリカンR&Bも成立するのだ。ただ、ビヨンセが単独か、あるいは夫ジェイ・Zやケンドリック・ラマー、チャイルディッシュ・ガンビーノなどのアメリカのアーティストとのコラボレーションとして制作している楽曲においては、純然なビヨンセ風王道R&B/ヒップホップとして仕上がっており、ビヨンセならではの明確な一線の引き方になっている。

ビヨンセにとって一番重要だったのは、おそらくこうした形でアフリカのアーティストと共演していく姿を世に送り出していくことだったはずだ。そして、そんな機会をずっとうかがいつつ、それをファンタジーの産物として実行に移せる機会を逃さなかったところにビヨンセの絶対にこうしたコラボレーションを実現させたいという揺るぎない意志が感じられて、深い感銘を受けてしまう。

実際、ビヨンセは4月にリリースしたライブ作品『Homecoming: The Live Album』で自身のキャリア・ヒストリーとアメリカのブラック・ミュージックの歴史を重ねていくという画期的な試みに打って出て絶賛されただけに、今回の試みがただの思いつきではなく、ビヨンセの夢であったことはよく伝わってくるのだ。

それでなくても、全編あまりにもわかりやすく迫力に満ちた内容で一気に聴かせる、まさにインスパイアード・アルバムとして完璧な仕上がりになっている。あらためてその才覚にただすごいと唸らされるばかりなのだ。(高見展)

ビヨンセ、初プロデュースにして完璧な仕上がりのインスパイアード・アルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』。ファンタジーが描くアフリカのアイデンティティとは? - 『ライオン・キング:ザ・ギフト』『ライオン・キング:ザ・ギフト』
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