ロックにはなぜ、ノイズ混じりの爆音が付き物なのか。なぜ、顔を歪め涎を垂れ流して叫ばなければならないのか。
銀杏BOYZの楽曲に触れれば、その理由と必然が一発で理解できる。耳を塞ぎ目を背けたくなるような真実も、美しく心揺さぶられるアートになり得る。銀杏BOYZは世界に挑むように、神という名の運命に挑むように、そんなせめぎ合いを繰り返して数々の名曲を生み出してきた。本稿ではその一部をセレクトし、じっくり向き合ってみたい。(小池宏和)
①BABY BABY
青いリビドーごと刹那を駆け抜けたバンド=
GOING STEADY。その突如の幕切れと地続きになって、銀杏BOYZの物語はスタートした。銀杏BOYZが2作同時リリースしたデビューアルバム『DOOR』と『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』にはGOING STEADY時代からのレパートリーが幾つか新録音で収められ、『君と僕の〜』収録の“BABY BABY”もそのひとつ。ライブのハイライトを担う楽曲であり続けている。儚い刹那の時間を知っているからこそ永遠を強く願う、爆音と夢見心地なスウィートメロディによるラブソングだ。
②漂流教室
タイトルは楳図かずおの衝撃的な青春ファンタジー漫画を思い起こさせるが、銀杏BOYZの“漂流教室”は失われた友と過ごした時間に思いを馳せ、半ば大切な記憶にすがるように、記憶に捉われるようにしながら漂うナンバーだ。秀逸なメロディのパワーポップに乗せて紡がれた物語は、するすると意識に入り込んで胸を締め付ける。《このまま僕等は大人になれないまま/しがみついて忘れないんだ》。流れ、いつか鳴り止んでしまう音楽の中にこそ永遠の記憶は息付き、躍動している。『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』収録。
③東京
《ふたりの夢は東京の空に消えてゆく/君はいつも僕の記憶の中で笑っているよ》。『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』を締め括るナンバーとして置かれた“東京”は、決壊して溢れ出すディストーションサウンドとともに切々と歌われるロッカバラードだ。無数の人々を出会わせ、愛と夢を通わせる街=東京は、ここでは離別の舞台として描かれている。《環七沿い》や《小田急線》といった情景描写の中に一人取り残された《僕》は、徒労感や後悔の念をべったりと纏ったまま、今の時間を生きてゆくのである。
④援助交際
銀杏BOYZには、つんのめって転がり、のたうち回る衝動的な豪速球パンクによってこそ成立する「名曲」もある。『DOOR』収録の“援助交際”は、今にも引き裂かれんばかりのスリリングな心象を伝えるサウンドと、メロディに乗せた物語とがギリギリで均衡を保った1曲である。《ヴィトン、ブルガリ、グッチ、エルメス、ティファニー、プラダ、シャネル、カルティエ/僕が全部買ってあげるから ああ 世界が滅びてしまう》。ザ・ジャム”In The City”を彷彿とさせるアウトロまで、泥沼寸前のピュアな恋心がぶっ飛んでゆく。
⑤夢で逢えたら
美しき爆音のレイヤーに乗せて疾走する“夢で逢えたら”も、『DOOR』に収録の1曲。『くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン』EDテーマに起用された。《君》に寄せる《僕》の想いは、ファンタジックな視界にまで膨らんで世界を覆い尽くすほどだが、当然ながら毎夜のそんな妄想は虚しい現実と何度でも入れ替わりで訪れるばかりである。下世話さも引っくるめてロマンチックに描き切る、
峯田和伸の執念を帯びた筆圧の高さ。ビバ妄想である。人類の歴史を支えてきたその想像力のエネルギーが不毛だなんて、一体誰が言えよう。
⑥あいどんわなだい
銀杏BOYZとしては初めてのシングル曲。チープな同期サウンドでドーピングしたパーティーチューンであり、当時のエレクトロクラッシュを横目に見ながら銀杏BOYZであることを押し通す、というか銀杏BOYZ以外の何者にもなれない性を感じさせる。《I don’t wanna die/愛はどんなんだい?》と勢い任せに韻を踏み、賑々しいコーラスと共に駆け抜けてゆくさまは痛快だ。後のアルバム『光のなかに立っていてね』には、リアレンジされた“I DON'T WANNA DIE FOREVER”が収録された。15分にも及ぶドラマ仕立てMVも必見。
⑦光
再生時間が11分を超える大作であり、前作シングル曲“あいどんわなだい”とは裏腹に、重厚な物語が横たわるスロウナンバー。フォーキーに始まる演奏には震えるような歌声やハーモニカの音色が伝い、永遠の愛を極限のストーリーとして描いてゆく。多くのリスナーを震撼させた楽曲である。人と人との間にある愛とは何なのか。罪とは何なのか。物語の当事者以外には誰も容易く立ち入らせない、ある種の潔癖で神聖な、それゆえに救いのない人間関係が、決死の思いで描かれている。
⑧新訳 銀河鉄道の夜
アルバム『光のなかに立っていてね』とライブリミックスアルバム『BEACH』をリリースした時、銀杏BOYZは峯田和伸ひとりを残すプロジェクトとなっていた。GOING STEADY時代からのレパートリーである“銀河鉄道の夜”を改変した“新訳 銀河鉄道の夜”は、幻想的な文学性と生々しくリアルな視界が交錯する歌詞によって紡がれ、ドラマティックな楽曲と同等に素晴らしい《世界はいつもとりかえしがつかなくて/僕たちはいつも思いがけない》という語りのパンチラインが織り込まれた。神のいたずらのような運命を前にして、あがき抗うように心の空隙を埋めてゆく名曲だ。
⑨生きたい
アルバム『光のなかに立っていてね』以来となる新曲で、シングルとしてリリース。峯田がサポートメンバーを迎えた新編成ライブでは、その前年から披露されていた。《だから僕は歌うんです。/消えたいと願うように。消えまいとすがるように。》と峯田が凄絶な緊迫感をもって語り歌うのは、どこにでも転がっているけれど綺麗事では済まされない物語が絡み付いた罪悪感であり、それは恐るべき質量をもってのしかかってくる。『DOOR』収録の“人間”、そして“光”と続いてきた「ロックの光と影の三部作」の完結編と位置付けられた。
⑩恋は永遠
“エンジェルベイビー”、“骨”と並び、「恋とロックの三部作」として2017年に連続シングルリリースされた楽曲。白昼夢のように温かなサイケデリアと、珠玉のグッドメロディによって構成されたギターポップ作であり、ロックサウンドの陶酔感をこの上なくキャッチーに、タイムレスな価値をもって提示してみせた。なお2020年のアルバム『ねえみんな大好きだよ』では、“駆け抜けて性春”以来15年ぶりの
YUKIとのコラボレーションが果たされたバージョン“恋は永遠 feat.YUKI”として結実。甘美で愛くるしい響きがさらに押し広げられている。
現在発売中の『ROCKIN'ON JAPAN』11月号に銀杏BOYZのロングインタビュー掲載
※記事初出時、内容に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。