今週の一枚 セイント・ヴィンセント 『マスセダクション』


セイント・ヴィンセント
『マスセダクション』
10月13日発売

St. Vincent - Pills

革新的なギタープレイが、最も刺激的なポップ・ミュージックと化す。果たしてそんなことが可能なのかというトライアルを、セイント・ヴィンセントことアニー・クラークは完璧に達成している。カラフルなエレポップのサウンドや、ダンスミュージックのリズムを用いながらも、彼女のギターワークは要所要所で楽曲をダイナミックに演出してみせるのだ。

St. Vincent - New York

St. Vincent - Los Ageless

今夏の「HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER」出演と前後して、セイント・ヴィンセントはこのニューアルバムへと連なる新曲群を次々に発表し、最新ワールドツアーへと乗り出した。ミュージック・ビデオの中に美容整形やエステサロンのイメージが広がる“Los Ageless”(巧みな言葉遊びが見事)の、現代への痛烈な皮肉のように響く歌は素晴らしかった。しかし、それ以上に圧巻だったのは、最初にリリースされたシングル“New York”である。

《あなたがいなければ、ニューヨークはニューヨークではない》と歌い出される、この大きな喪失感と決意が渦巻く楽曲は、カーラ・デルヴィーニュとの恋愛関係の終焉を歌ったものだろう。ポップスターとなったセイント・ヴィンセントが、ただポリティカルなメッセージを発信するだけではなく、ゴシップ面も飲み込んでエモーショナルな名曲を生み出し、ポップを引き受けているのである。この曲は、はっきりとニュー・アルバムの性格を伝えるものだった。

《政権の腐敗》という日本語のリフレインから始まる攻撃的なタイトルチューン“Masseduction”(日本盤ボーナストラックには、この曲をリワークした“政権腐敗 (Power Corrupts)”を収録)でさえも、何よりそのメッセージは彼女自身の内面に深く関わるテーマとして綴られている。パーソナルとオフィシャルの垣根が突き崩され、そのことによってにこの新作には、ロックであり同時にポップでもあるというエネルギーが育まれているのである。

アートワークやミュージック・ビデオは、毒々しいまでの原色を配したエキセントリックな色彩を帯びており、表現の変化・進化を一瞬で理解させるものになっている。グラマラスなロックスターの佇まいというのは、そもそもこんなふうに強く内面が表出されながら、同時にポップだったのではないだろうか。この『マスセダクション』というアルバムには、内省と社交の境目が感じられない。つまり均一化された価値観とも、匿名のコミュニケーションとも趣を異にする、徹底して個性的な「ポップ」の形が提示されているのだ。

親密なムードと体温を感じさせる“Happy Birthday, Johnny”があれば、優れた感受性を剥き出しにしているからこそ正直に未来に恐怖する“Fear the Future”もある。現代に働きかけるポップを生み出しながら、どこまで行ってもセイント・ヴィンセントは生身の、一人の人間としてそこに立っている。新しいサウンドの裏側に息づいているその確かな魂の輪郭こそ、この新作の最も信頼すべきポイントなのではないだろうか。(小池宏和)