レッド・ホット・チリ・ペッパーズ
『ザ・ゲッタウェイ』
6月17日(金)発売
レッド・ホット・チリ・ペッパーズの11枚目となる最新作『ザ・ゲッタウェイ』は、前作の『アイム・ウィズ・ユー』までなんと25年間、6枚ものアルバムを手がけたプロデューサー、リック・ルービンと別れ、デンジャー・マウスを起用したというのがまず何より興味深い作品だ。
『アイム・ウィズ・ユー』は、ジョン・フルシアンテが脱退した後、それでも「俺達は君たちと一緒だ」とファンに、そして恐らく自分達に告げるように、新たなギタリスト、ジョシュ・クリングホッファーを迎えて、すぐに作られた作品だった。今作は、ジョシュとの経験も経た後、改めてバンドの現実を見つめ、新レッチリを構築しようとした作品と言える。そしてフルシアンテ脱退後のバンドに、ここで何かしらの変革が必要だと思ったのだと思う。
デンジャー・マウスは、彼のサウンドの特徴でもあるアコースティックやサンプリング、シンセサイザーの多用によって、バンドのエモーショナルな部分を強調しながら、彼らしいメランコリーさをもたらしている。それと同時に、これまでのレッチリのサウンドを真新しい箱に入れてプレゼンしてみせたような、新たな角度からより削ぎ落とした新感触のレッチリを見せてくれている。ただ、大変革を試みた作品でありながらも『カリフォルニケイション』以降彼らが鳴らしてきた、逃れられない喪失感や闇を見つめながら光を描こうとするレッチリのDNAと言えるサウンドは、それでもここに色濃く残っているのが興味深い。
「自分の年の半分にも満たない」ガールドフレンドとの別れを経験したアンソニーの歌詞もまた、結ばれなかった運命から自分が何を学ぶべきなのかをロマンチックに考察しているが、「生まれながら闇を必要とする」自分は、やはり喪失と共存する運命にあるのだと認めているのだ。
デンジャー・マウスとの共作で辿り着いた新境地を代表する1曲は例えば“ザ・ハンター”だが、アンソニーは、この曲は病気になった父親について歌ったと言っていた。正に、映画の感動的なクライマックスをドラマチックに歌い上げたような新レッチリの名曲なのだが、面白いのは、そこで映画が終るようにアルバムは終らないところ。最後に今作で最もサイケデリックで、カオティックな“ドリームス・オブ・ア・サムライ”が続くのだ。しかも、アンソニーがいきなり「君のキッチンに真っ裸で立っている」というトンでもないことを歌い出す嵐のような曲。しかし、そこがレッチリらしい茶目っ気でもあり、まだまだ予測不可能なこともやってやるという予言のようにも聴こえる。
今作は、リスキーな実験に挑みながら、レッチリの普遍と新境地が共存するサウンドを作り上げたその“道のり”、その試行錯誤がしっかりと聴こえてくるアルバムなのだ。(中村明美)