2017年のアルバム『THE KIDS』が、そのスタイリッシュな音楽性と柔軟かつしなやかなカウンター精神を込めた歌でカルチャー全域に影響を及ぼしたブレイクスルー作だとするなら、新作『THE ASHTRAY』は我々の生活の細部に滑り込み、あらゆる場面でリスナーの心に揺さぶりをかけてくる作品と言えるだろう。そのためにSuchmosは、ソングライティングからサウンドの質感まで、一曲一曲徹底的に特性と浸透力の高さを追求し、どうだ、と手札を広げるように今回の7曲を並べてみせている。
ホールツアーのタイトルにもなっていた“YOU’VE GOT THE WORLD”は、コズミックなサウンドの広がりを持つサイケデリックなロックナンバーで、YONCEは自ら綴った歌詞の中でこんなふうに歌っている。《すれ違った世界を見渡してみたい 心揺らしたい/どこへだって行けるさ のるか おりるか 君が選べよ》。多くの支持を集めた今だからこそ、責任を持ってより自由な道へと踏み出す意志を窺わせるラインだ。また、ピアノリフを中心にバンドサウンドがクレッシェンドしてゆく感情の昂りが印象的な“ONE DAY IN AVENUE”は、《まだやるのかい? モンキービジネス/疲れちまったよ 見るのも聞くのも/感じたままに生きてみようかな 行こうぜ》と歌い出されている。
新作『THE ASHTRAY』には、“STAY TUNE”のように不特定多数のリスナーを無条件に巻き込む、あからさまにキャッチーで力強いパンチラインは見当たらない。「できない」のではなく「やらない」のだと思う。退屈や苛立ちを燃やし尽くす時間が浮かび上がる『THE ASHTRAY』というタイトルは、何よりも退屈や苛立ちから解放されるべきSuchmosの「その後」を映し出しているように思えてならない。もっと言えば、彼らは「“STAY TUNE”のSuchmosを知っているリスナー」を信頼しているからこそ、自家中毒のような焼き直しに陥ることなく、より自由な表現へと向かうことができているのだろう。
スティーヴィー・ワンダーとボブ・マーリーとスティーリー・ダンが手を取り合ったような、驚くほど滑らかで上質なミクスチャー感覚を伝える“FRUITS”と、甘い官能を忍ばせてフックをリフレインさせるラブソング“FUNNY GOLD”がとりわけ素晴らしい。いずれも一時のインパクトというよりは、耐久性の高い、普遍的なソングライティングに根ざした名曲だ。個人的に『THE ASHTRAY』は、これまでのSuchmos作品と比べて最も長く愛聴しそうな予感が今からしている。ブレイク後の狂騒に揉まれながら、バンドの舵をしっかりと握ってこの境地に到達したしなやかさには、あらためて驚きを禁じえない。(小池宏和)