クリープハイプ
『世界観』
9月7日発売
《こうやってエイトビートに乗ってしまう/ありきたりな感情が恥ずかしいんだよ》と歌われる“手”に始まって、《だから愛しているよ 都合の良い言葉だけど/結局これも全部 歌にして誤魔化すんだけど》と歌われる“バンド”に終わる全14曲。尾崎の処女小説『祐介』を読んだ人なら、この展開はとても感動的に響いてくるだろう。小説『祐介』とアルバム『世界観』はそれぞれ独立した作品として素晴らしいし十分に楽しめるのだけれど、出来れば、『祐介』を読み終えた後に『世界観』に触れることをおすすめしたい。
“愛の点滅”、“リバーシブルー”、“破花”、“鬼”というシングル表題曲があり、アニメ『境界のRINNE』テーマ曲“アイニー”がある。映像作品やテレビCMのタイアップ曲がずらりと並び、表面的にはグレイテストヒッツかという形になってはいるが、内実は違う。端正に小綺麗に纏まったポップソング集ではなくて、もっとグチャグチャドロドロとしている。だからこそクリープハイプなのだと言えれば簡単だが、これだけ強力なタイアップ曲が並んでいるのにグチャグチャドロドロとしてしまう点にこそ、クリープハイプの業の深さのようなものを読み取れるのだ。
“破花”の続編のように聴こえるラブソング“僕は君の答えになりたいな”は、学生の季節を越えても答えの見えない人生の道のりをロマンチックに伝えている。また、タイアップ仕事の苦悩を爆裂サーフ/ホットロッドサウンドに乗せてぶち撒ける“テレビサイズ(TV Size2’30)”は、キャリアを重ねてなお続く生みの苦しみそのものだ。プロのミュージシャンになったって、確かな明日が約束されるわけではない。手探りであがき続けているばかりだ。そういう身も蓋もないバンドの現状報告が、『世界観』には渦巻いている。
今回は特にサウンド面にも、苦闘の痕跡が数多く残されている。これまでにも鋭い歌心を支えてきたストイックな演奏が、ラテンビートの“アイニー”、ラッパーのチプルソとコラボした“TRUE LOVE”、そして超ヘヴィなオルタナ歌謡“けだものだもの”といったふうに、バンドグルーヴの抜本的な改造へと向かっているのだ。長谷川カオナシ作の“キャンバスライフ”も、ダブ/ポエトリーの要素を持ち込んでバンド表現を新たなレベルへと導いている。
でかい声で未来のことを知ったふうに語る人の話ほど、しらけてしまうのはなぜだろう。我々がロックに伝えてほしいのはそんなことじゃない。たとえ《ありきたりな感情》だとしても、《歌にして誤魔化す》ものだとしても、歌になった時点で確かに誰かが、僕やあなたやアーティスト自身が、救われてきたはずだ。「俺だって私だって頑張ってるけど、分からねえよ」という痛ましい叫びの連続が、ロックの歴史を紡いできたのだ。
スウィートなソウル風の“5%”で《5パーセントくらいで酔ったらさ 5パーセントくらいは信じてよ》と歌われるとき、僕は下戸のくせに無性に缶ビールを飲みたくなった。この原稿を書き終えたら、茹だるような暑さの部屋を飛び出して、缶ビールを買いにいこうと思う。歌が世界を変える決定的瞬間というのは、たぶんこういうときのことだ。(小池宏和)