今週の一枚 秦 基博『All Time Best ハタモトヒロ』

今週の一枚 秦 基博『All Time Best ハタモトヒロ』
2006年にシングル『シンクロ』でメジャーデビューを果たし、今年5月には横浜スタジアムでデビュー10周年記念ワンマンを開催した秦 基博の、タイトルどおりのベストアルバム。通常盤のCD2枚組は、さまざまなテーマ曲やCM曲として起用されてきた楽曲も収録され、リリースの時系列に沿って並べられた正攻法のベスト盤だ。MV集のDVDやBlu-rayが同梱された初回限定パッケージや、収録曲をCD1枚の15曲に厳選した「はじめまして盤」も用意されている。

シングル曲を中心にしたベスト盤という意味では確かに初めてなのだが、ほぼシングル曲を外したセルフセレクション『ひとみみぼれ』や弾き語りアルバムなど、彼はこれまでにもコンピレーション音源をいくつかリリースしている。そこでは「カップリング曲やアルバム曲のメロディにも注目してくれ」「弾き語りの素朴なアレンジでメロディの根幹に触れてみてくれ」といった、ソングライターとしての執念を感じさせるところがあった。

グッドメロディを生み出すことにアーティスト生命のすべてを注ぎ込むかのような秦 基博の姿勢にはリリースのたびにゾクゾクとさせられてきたが、あの“ひまわりの約束”の場合で言えば、僕はオリジナル音源よりも『evergreen』バージョンの方が累計再生回数が多いかもしれない。また、『ひとみみぼれ』や『evergreen』にも収録されていた人気曲“Girl”は、ドラマ『恋がヘタでも生きてます』主題歌に起用され、晴れてCDシングルとしてリカットされた。秦 基博のメロディに込められた執念とポテンシャルは、そんなふうに強靭な生命力をもって人々を振り向かせるのである。

21世紀に登場したアーティストたちの中で、秦 基博ほど素っ裸のグッドメロディの力を信頼し(ほとんど信仰と言ってもいい)、確かな効力を導き出してきた人は、世界にも類を見ない。音楽の正解はひとつではないので、捻りを効かせたメロディに個性を見出したり、テクノロジーや実験精神に基づいて新しいサウンドを生み出すことだってできる。シーンを広く見渡せば、ビジュアルや笑いの要素を持ち込んで支持を獲得するアーティストだっているだろう。そんな中で、彼はひたすらに美麗で奥行きのあるグッドメロディを追求してきた。

かといって、秦 基博がオールドスタイルのアーティストかと言えば、そうではない。『ひまわりの約束』のレビューで、僕は「メロディの瞬発力」というワードを用い、インターネット動画の時代に即した秦 基博のソングライティングに言及したことがある。秦 基博のポップミュージックは、「本当にグッドメロディは掘り尽くされているのか? あなたの中にグッドメロディは息づいているのか?」という、現代において最もオルタナティブで刺激的な挑戦なのである。

今回のベスト盤に、彼のアーティストとしてのエゴはあまり感じられない。「ほら、みんなグッドメロディが必要だっただろ? これを追い求めるべきだっただろ?」という、リスナーとの10年分の共犯関係が明らかにされているだけだ。通常盤にも「はじめまして盤」にも、幾多のオリジナル曲を押さえて大江千里のカバー“Rain”がボーナストラックとして収録されているのは、この曲が彼にとって、グッドメロディの神秘に手を伸ばし続けることの指標となっているからではないだろうか。(小池宏和)
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