今週の一枚 aiko『恋をしたのは』

今週の一枚 aiko『恋をしたのは』 - 『恋をしたのは』初回限定仕様盤『恋をしたのは』初回限定仕様盤

aiko
『恋をしたのは』
2016年9月21日発売

aikoの36枚目となるシングル『恋をしたのは』。
この曲はアニメーション映画『聲の形』の主題歌として書き下ろされた。
aikoは主題歌のオファーを受けて「私は『聲の形』の漫画が大好きで、読んだ時感動して自分のライブのMCで1巻全部のストーリーを話してしまったほどなのです」と喜びのあまり取り乱すほどのコメントを出している。
そのコメントの中で「とても嬉しいのと同時にこの映画のそばにずっといられる歌をうたいたい!と強く思いました」と書かれてある通り、aikoはこの作品を深く愛し、そして理解して寄り添いながら“恋をしたのは”を生み出したのだろう。

ちなみに、大今良時による漫画『聲の形』は『週刊少年マガジン』に連載されており、2015年に『このマンガがすごい!』オトコ編第1位や、『マンガ大賞2015』で第3位に選ばれたほか、数々の賞を獲得している。聴覚障害を持つ少女と、クラスで彼女をいじめていた中心人物である少年の、ふたりを中心に描かれるこの物語は、甘酸っぱい青春ストーリーとは異なるシリアスさと複雑な人間関係を描き出している。ちょっとした好奇心がやがていじめを引き起こしていく過程とか、言葉で伝えられないもどかしさとか、それぞれの価値観から生まれるそれぞれの正義とか、大人でさえ考えさせられる部分は多い。そしてaikoがそんな物語の全てを包み込むように、“恋をしたのは”は豊かなスケール感を携えたドラマチックなサウンドの中で切実な歌声を、大らかなる強さで響かせる。消せない過去を抱いて苦しみもがきながらも、新しい未来へと踏み出そうとする主人公たちの想いを、しっかりと運ぶように。

今、目の前の景色だけでなく、遠い記憶さえも素敵なものへと変えてくれそうなピアノやストリングスの音色。そして叙情的で美しい歌詞が特徴の“恋をしたのは”。中でも《伝えたかった事は今も昔もずっと同じままだよ》というメッセージがこの曲の核になっており、『聲の形』の主人公ふたりが「言葉」ではなく「手話」でコミュニケーションを取っていることから、台詞調の表現ではなく、《些細に掛け違えた赤色 あの日の廊下の白色》などと、視覚(色彩)の中に想いを刻むような表現をしているところも素晴らしい。

そして何より、この曲のサビはタイトルと同じく《恋をしたのは》というフレーズなのだが、その前に歌詞に表記されていないフェイクが♪ああああ〜、と入る。いや、むしろ♪あうあうああ〜、かもしれない。とにかくその♪ああああ〜、という、まさに「言葉」にならない「声」という形の中に、何とも言えない、だけども何とか伝えたい、激情が詰まっているのである。そういう部分も含めて『聲の形』という作品とaikoの見事な、愛に溢れるコラボレーションが“恋をしたのは”に感じ取れる。心の中の大切な場所に呼びかけるようなaikoの歌声に、この秋どっぷり浸っていたい。(上野三樹)
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