今週の一枚 クリープハイプ『一つになれないなら、せめて二つだけでいよう』

今週の一枚 クリープハイプ『一つになれないなら、せめて二つだけでいよう』

クリープハイプ
『一つになれないなら、せめて二つだけでいよう』
12月3日発売



「やっぱりクリープハイプはいいバンド」とかではなくて、
「クリープハイプの今回のアルバムはいいアルバム」とかじゃなくて、
聴いた僕らがクリープハイプになってしまうのだ。
生活の中で感じることの全てがクリープハイプになってしまう。
 
 
尾崎が書く曲があまりにもせつないから、歌詞に出てくる例えや感情の描写がとても上手いから、カオナシの書く曲が愛おしすぎるから、嘘と本当の混ぜ方が正直すぎて完璧な嘘だから、全部が素敵な歌になっている。
素敵な歌は現実を塗り替えてくれるから、全部が素敵な歌なら現実の全部が塗り替わる。
だから僕らはいつの間にかクリープハイプになっている。
 
クリープハイプはそういう力を持っている並外れたバンド。
RCやブルーハーツやバンプや銀杏がそうだったように、聴いてる僕らが塗り替わってしまう。
空気が「それ」になってしまう。
今回のアルバムはその力がますます強い。
 
 
でも僕はこのアルバムを聴き終わったあと、なにか物足りなさを感じる。
おい、もっと何かないのかい? 何か、腑に落ちることを言ってくれないのか?
最後に高く飛ばせてくれてちゃんと着地させてくれるような「満足」はくれないのかい?
という気持ちにふとなってしまう。
でもそれはJ-POPの「いいバンド」の「いいアルバム」病だ、ということに気づく。
 
クリープハイプを聴いたあとの物足りなさ、
ドーナツの真ん中の穴はどうしたって食べられないのと同じ、そんな空虚。
それは僕たちの生活の中にある物足りなさそのものだ。
クリープハイプの歌はそれを埋めるための歌ではない。むしろそれそのものだ。
だから僕らはクリープハイプであり、クリープハイプは僕らだ、と思える。
その物足りなさと虚しさを僕は愛おしいと思える。
 
そういうアルバムを作れる力を持つバンドは日本にそう多くはない。
みんなつい、お腹いっぱい満足させようとするアルバムを作ってしまう。
でも僕らはお腹をいっぱいにしたいためだけに音楽を聴くのではない。
同じ物足りなさを、空虚を、一緒に感じたいから聴く音楽もある。
クリープハイプはいくら人気者になっても、そっち側に立っている。
 
一番言いたいことが素直に綴られている”大丈夫”がなぜか脱力するような軽いアレンジで、
殺伐とした心情が綴られた”エロ”が思い切り力の入ったポップなアレンジで、
入るはずだった11曲目がノイズで、、
よく考えるとへんてこなアルバムだ。
僕らの生活と似ている。
なんて素敵なんだろうと思う。
 
(小川智宏が全曲解説をやってるのでそっちもぜひ読んでください!http://ro69.jp/blog/ogawa/114238
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