「桃源郷のその先へ」
4月の神戸ワールド記念ホール公演にて、そんな言葉とともにお披露目した新曲を表題曲に据えた、バンド初のEP盤。『飄々とエモーション』というタイトルを初めて聞いた時、こんなにも的確にフレデリックのことを表せる言葉があったのか、と思わず膝を打った。対極に位置する「飄々」と「エモーション」という単語を掛け合わせ、新たな価値観を付与、それを「フレデリックらしいね」と言わせるまでの流れ自体も、このバンドがやってきたことの縮図のようであり、非常に象徴的だ。
アリーナで効果的に響くようなサウンドやフレージング、“TOGENKYO”(前作『TOGENKYO』の表題曲)に共通する単語も多く登場する歌詞が特徴的な“飄々とエモーション”。BPM速めのディスコ・ポップ“シンセンス”。ツアーで台湾に行った際に見た夜市の風景が基になっているため、オリエンタルで幻想的な雰囲気の“NEON PICNIC”。誰もが一度は耳にしたことがあるであろう“キリンレモン~♪”のフレーズをこのバンド流に調理したタイアップ曲“シントウメイ”。
この4曲を順に聴くと「夜から朝にかけて」という時間軸を辿ることができるが、その流れ――「伝わらない」、「伝えたい」と頭を抱え、無意識に引いた境界線を取っ払いたいと願い、見知らぬ街を彷徨った果てに、青空の下を駆けていく――には、作詞作曲を手掛ける三原康司(B)が自らの創作物に懸ける想い・願いが滲み出ている。
《僕のさいはてに最後まで付き合って》(“飄々とエモーション”)
《切り裂いて切り開いてゆけNEW SCENE》(“シンセンス”)
《手に届くものが全てだなんて 笑わせないでくれ》(“NEON PICNIC”)
《なににでもなれる気がした》(“シントウメイ”)
本作の歌詞には「ここではないどこかへ行きたい」、あるいは「新しい何かに生まれ変わりたい」という描写が特に多い。自分の内面を起点としながら、しかしその枠組みに囚われることなく創作していたい、という意思が作者側にあるからこそ、そういう言葉選びが多くなったのではないだろうか。
そうして康司が生み出した楽曲群に対して、頭を捻らせあらゆる手を駆使しながら、しかしあくまでナチュラルなテンションで意図を汲むメンバーの演奏も良い。楽譜に記したメロディラインをはみ出していくように大胆な“飄々とエモーション”のボーカル、“シンセンス”イントロの最高にカッコいいギターリフ、ありそうでなかった“シントウメイ”のビート感など、ファインプレーをひとつずつ挙げていったらキリがないほどだ。
机上からスタジオへ飛び立ち「フレデリックのもの」になった曲たちが、ライブハウスやCD、その他様々な出会い方を通して「あなたのもの」になっていくまで。世界の片隅でひとりの空想家が生み出した表現が、広がっていく過程における尊さの投影のようなEP『飄々とエモーション』。この作品を聴けば三原康司という人がなぜ音楽をはじめとしたアートに魅せられたのか、ひとりで何でもできてしまいそうなほどセンスに恵まれたこの人があえて「バンド」という形態を採ったのはどうしてか、その理由がよく分かる。そしてそこにフレデリックというバンドの美しさが凝縮されていると言ってしまっても、決して過言ではないだろう。(蜂須賀ちなみ)