今週の一枚 eastern youth『ボトムオブザワールド』

今週の一枚 eastern youth『ボトムオブザワールド』

eastern youth
『ボトムオブザワールド』
2015年2月18日発売

『ボトムオブザワールド』。なんて「らしい」タイトルだろう。
街の風にさらされながら、這いつくばるようにして生きている人々の「生」を煌々と照らし出す、イースタンユース2年半ぶりのニューアルバム。これまでの27年にわたるバンドの歴史の真ん中を鷲掴みにして差し出すような、一直線でぶっとい作品である。

イースタンユースを聴いていると、いつも僕は「おまえは生きているか?」と襟首掴まれて問い詰められているような気分になる。少しでも後ろめたい気持ちがあると、とてもその音と言葉を受け止めきれない。
だからこそ、ときどき自分を省みるように彼らのCDをプレイヤーに突っ込んでみたくなる。スピーカーが震えだした瞬間に、自分の生き様が、普段はあれやこれやで塗り固めているはずの「生きる意味」が、真っ白に漂白されていく。
体中の毛穴が開く。そしてその毛穴という毛穴から、何かとんでもなく大事なものが身体の中に注入されてくる。
明日への希望とか、生きる活力とか、そんな生半可なもんではない、ただ「生きている」という実感だけに直面するような感覚を求めて、僕はイースタンユースを聴く。

この『ボトムオブザワールド』にはその感覚しかない。このタイトルが指しているのは「物語」や「方向」ではなく「状態」、つまりあるがままにそこにあるものとしての風景だ。
オープニングナンバー“街の底”で唾をまき散らすように歌う(というより喋り倒す)吉野は、アルバム1枚を通して、文字通り「街の底」で生まれ、自分の足で歩き、言葉を覚え、巨大な何かに押しつぶされそうになり、もみくちゃになりながら、どうにか生きている「俺たち」を激情のこもった目で見つめている。そしてその生き様を、直截な言葉で描き続ける。手を差し伸べることも、優しく慰めることもしない。そんなことをする権利も、理由も、誰にもないからだ。
ここがどん底であり、そしてそのどん底で生きている、それがすべて。それはどんなに時代が移ろっても社会が変容しても変わることはないと、イースタンユースは容赦なく突き付ける。

それなのに、このアルバムはやっぱり優しさに満ちていると、僕は思う。ラストに収録された“万雷の拍手”はそんな街の底の風景を祝福しているように思える。生きることは戦いであり宿命であるが、同時にどんな生き様であれそれ自体讃えられるべきものなのだと『ボトムオブザワールド』は語りかけてくる。

このアルバムのリリースツアーをもって、ベースの二宮友和がバンドを脱退することが伝えられた。二宮が脱退の意思を表明したのは、アルバムが完成した後だったという。
そう考えたとき、このアルバムはイースタンユースが四半世紀以上にわたって積み上げては壊し、積み上げては壊してきたもののひとつの「結論」のようにも響く。
(小川智宏)
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