日本の夏の風物詩のひとつである、全国高校野球選手権大会。大正時代に始まった同大会は「夏の甲子園」や「夏の高校野球」などと呼ばれ、高校球児はもちろんのこと、日本全国世代を問わず多くの人々の心を熱狂させている。その理由はなんといっても、優勝めがけてひたむきに突き進む一人ひとりの球児の姿と、各県のトップ校同士がしのぎを削る真剣勝負、そして甲子園のグラウンドに立つまでの努力の軌跡。時代が変われども、人々が高校野球に抱く魅力は変わらないのだ。
「2019 ABC 夏の高校野球応援ソング/『熱闘甲子園』テーマソング」として書き下ろされたOfficial髭男dismの“宿命”は、そんな高校球児一人ひとりの夢に対する葛藤と希望、観る者の手に汗握る興奮の鮮やかさを昇華した楽曲。華やかでダイナミックなブラスアレンジと躍動感のある雄大なビートは、太陽と青空の眩しい甲子園と、聖地の頂点を目指す球児たちの勇姿そのものと言っていいほどスケールが大きい。
高校時代にブラスバンド部に所属していた藤原聡(Vo・Pf)と楢崎誠(B・Sax)は、地方大会のスタンドでの応援経験も持っており、藤原は球児たちが背負ってる宿命を称えて、応援したいという思いでこの曲を作ったという。だが、“宿命”がシンプルな応援ソングで終わらない最大の理由は、高校球児の景色と心情を綴った歌詞の一つひとつに、どうしたってバンドの姿が重なるからだ。
《心臓からあふれだした声で/歌うメロディ》は応援歌を唄うスタンド席を表現しているとはいえ、バンドのフロントマンである藤原の姿とも捉えることができる。彼は7月8日に開催された日本武道館公演でも、「バンド生活がずっと楽しかった」、「つらいことがあっても4人で音を出せば全部吹っ飛んだ」という旨の発言をしていた。とはいえ、やはりそれなりに山も谷もあったであろうし、《夢じゃない》、《嘘じゃない》と自分を鼓舞したこともあっただろう。“宿命”は、彼ら自身もこの楽曲の主人公であるという構図があるからこそ、よりリアルにエモーショナルに、実態を伴って響いてくる。
さらに注目したいのは、2番の《「大丈夫」や「頑張れ」って歌詞に/苛立ってしまった そんな夜もあった》というライン。目標に向かって日々奮闘している時期に、同じような想いを胸に抱いたことがある人々も少なくないはずだ。そこを取りこぼさないところに、彼らの視野の広さや優しさも垣間見られる。もちろんその思想を持った応援ソングは2000年代に入ってから増えてきたが、ここまではっきりとその心情を言い切った歌詞は珍しい。応援ソングに対する新時代的な価値観が明確に表れた楽曲とも言えるだろう。
“宿命”はホログラムのように様々な情景と目標に向かって尽力し熱狂する人々の姿を映し出し、そして《届け!》という言葉で、この時代を生きる我々にボール、もといこの音楽が投げつけられる――と様々な味わいに満ちている。明快な言葉でここまで深い表現ができることにも感心するが、さりげなく《切れないバッテリー》で「投手と捕手の強固な信頼関係」と「スタミナが切れない」のダブルミーニングを仕込ませてくるところにも唸った。「誰も置いていかない音楽」とはよく言うが、ロックリスナーにもJ-POPリスナーにも歓迎されているOfficial髭男dismは、同曲でとうとうその域へと踏み込んでいる。その高みへと挑んでいくことこそ、彼らの宿命なのではないだろうか。(沖さやこ)