今週の一枚 KANA-BOON『TIME』

今週の一枚 KANA-BOON『TIME』

KANA-BOON
『TIME』
2015年1月21日発売



今発売中のJAPANの別冊付録「KANA-BOOK」でも書いたことなのだが、KANA-BOONを聴いたり観たりしているとき、僕はものすごい楽しさと同時にものすごい切なさを感じる。なんで切ないんだろう、っていつも思う。こんなに楽しいのに。

それはたぶん、彼らの音楽がどこまでも「今生きていること」を感じさせるからだ。ものすごい高揚感や多幸感の中で「今生きている」と実感することは、何かを忘れていくこととか、何かを失っていくこととか、つまり捨てていった過去のことや、そうやって進んでいく未来のことを感じるのと同じだからだ。今がハイテンションになればなるほど、その「今」があっという間に過去になっていくことが切なくなる。

谷口鮪はその切なさに自覚的だ。というか、その切なさこそが、彼の表現の源泉であり続けてきた。楽しくて幸せな「今」はすぐに過去になっていくし、過去はいずれ忘れ去られていく。それはしかたのないことだけど、そんなのは絶対に嫌だ、と、彼は失った過去を音楽に刻み続けてきた。

この『TIME』もとても切ないアルバムだと思う。しかしその切なさは、今までのそれとは少し違う。胸を締め付けるだけではなく、どこかちょっとやさしくて強い、そんな切なさなのだ。

《急がば回れなんて暇ねぇな》と歌う1曲目“タイムアウト”から6曲目“フルドライブ”まで、ここまで彼らがたどってきた道のりを象徴するようなスピードで前半を駆け抜けた後、《僕らはなにかを失い生きてゆくと気づいたんだ》と歌う“生きてゆく”を経て、《そろそろ強くなりたいな》と決意する“スコールスコール”へ。ここから始まるアルバム後半、KANA-BOONは少しずつ未来へと進んでいく。

谷口が初めて自身の過去と向き合い、今手にしている愛への信頼を歌う“愛にまみれて”や新しい世界に《ハローハローハロー》と告げる“スノーグローブ”が描くのは、「今」を失い続けていく切なさではない。「今」も過去も抱きしめたまま、しっかりと一歩ずつ、未来に向かって歩いて行く、その重みと力強さだ。

《僕らはいまでも信じているよ
これでよかったんだと言えるよ
僕らはこれから茨の道をゆくのさ
傷はもう痛くない》

という“パレード”で、ついに彼らは未来の扉を開ける。失い、忘れていくことの切なさは消えないけれど、その切なさも大事にしながら、KANA-BOONは進むのだ。初めてのワンマンツアー、そして泉大津フェニックスでの「ただいまつり」。エポックメイキングな2014年を経て、ここから彼らの新たな物語が始まっていく。このアルバムはその高らかなファンファーレだ。
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