illion
『P.Y.L』
2016年10月12日発売
他アーティストへの楽曲提供や、RADWIMPSとして深く関わった映画『君の名は。』のサントラ、そしてバンドの来たるニューアルバム。野田洋次郎の創造性の広がりに、ひたすら驚かされ続けるばかりの2016年だが、ソロプロジェクト=illionによる約3年半ぶり2作目となるアルバムが届けられる。当初はEPとして予定されていたことからしても、アイデアが泉のように湧き出ていたことが伺える1枚だ。今夏にはフジロック出演からツアーとついに国内でのパフォーマンスが果たされ、このニューアルバム『P.Y.L』収録の楽曲もすでに幾つか披露されていた。
“Water Lily”ミュージックビデオ
先行配信リリースされた“Water lily”で明らかだったように、新しいillionはエレクトロニックだ。アルバムのオープニングこそ、ピアノとストリングスの深い音色に包まれる“Miracle”だが、そこからダブステップの“Told U So”、グライム風の配信コラボ曲“Hilight feat.5lack”と、緻密でエッジの鋭いトラックが続く。前作『UBU』から『P.Y.L』への変化について読み取れるのは、「illionがエレクトロニックになった」という表面的な事柄よりも、「illionの表現形態は限りなく自由だ」という強い意思表示である。
“85”ライブ映像
繊細な歌心を持つシンガーソングライターがエレクトロサウンドを利用することは、今や珍しいことではない。しかし、野田洋次郎でしかありえない歌心を呼び水のように誘い出す、トラック群の響き方が気にかかる。木の葉を運ぶ一陣の風や川の流れのように、あるいは、彗星の軌道に関わる星々の引力のように、トラックは野田洋次郎の歌を導くのである。本作の楽曲が、巨大で絶対的な「あなた」によって導かれていた野田洋次郎ソングの根源を思い出させるのも、そのためだろう。大きな力に捕われながら、表現者としての彼の魂は解放されている。この純粋な解放を得るために、『P.Y.L』の季節はエレクトロサウンドを必要としたのではないか。
言葉と音がデジタルに処理されることで、なぜか逆に生々しい感情のうごめきを伝える“Dream Play Sick”が素晴らしい。そして、このところの野田洋次郎の創造性の大きな振り幅の一端にこのアルバムがあるのだとすれば、当然、もう一端のRADWIMPS新作も素晴らしいものになっているはずだ。リスナーにとっても、この信じがたいほどの振り幅を持つ大きな表現の力に身を委ねることは、喜びと解放を得ることに直結していると思う。(小池宏和)