今週の一枚 女王蜂『奇麗』

今週の一枚 女王蜂『奇麗』

女王蜂
『奇麗』
2015年3月25日発売



JAPANの誌面でも何度も書いてきたが、名作と呼ぶにふさわしいアルバムである。
また、『奇麗』というタイトルの通りの見事なポップアルバムだ。
華麗なるギタリスト、ひばりくんの加入を経て、女王蜂はいよいよ次なる絶頂の季節を迎えんとしている。

『奇麗』は傑作でもあるし、名盤でもあるが、一番しっくりくるのは「名作」という呼び方だ。
そしてそれは、このアルバムの素晴らしさの大部分を「普遍性」が担っているからだと僕は考えているーーのですが、いきなり固くなってしまったので、ちょっとわかりやすくしていきましょう。

普遍性、というのは、つまり、「すべての物事に通じる性質。また、すべての物事に適合する性質」ということです。
対義語は「特殊性」。
ということは、特殊ではなく、すべての物事に通じる何かを持っているものが普遍性、ということですね。

となるとちょっと変ですよね。
女王蜂はやっぱり特殊なバンドだし、アヴちゃんはやはり特殊なキャラクターを持った表現者だとみんな思っている。
その通りだと思います。
女王蜂はむちゃくちゃ特殊で特別なバンドだし、アヴちゃんもやはりむちゃくちゃ特殊で特別な表現者だと思います。
それは間違いないです。

ですが、アヴちゃんが歌おうとしていることはどうでしょうか。
もっと正確に言うと、「今、アヴちゃん自身は、薔薇園アヴと女王蜂が歌い、鳴らすべき音楽はどんな歌と音楽だと感じているのか」、ということです。
これは最近の女王蜂のライヴを観たり、あるいは直近のシングル『ヴィーナス』を聴いたりしないとわかりにくいのかもしれません。
ぜひMVなどを観てもらいたいです。
そうすれば、うっすらとでも感じてもらえると思います。
今のアヴちゃんと女王蜂の音楽はものすごく聴きやすい。とてもポップだと思う。そして、その歌と音に一定の優しさがあるんです。

かつての女王蜂はアイデンティティを求める過程で出会う「傷」がバンドの特殊性を表現しているように見えました。
それも素晴らしい表現でした。私小説のようなロックだったと思います。

ですが、『奇麗』にあるものは本当に綺麗です。
メロディはメロディとしてとても綺麗。
ギターのフレーズはギターのフレーズとしてとても美しい。
アヴちゃんの声もやはり歌声として、とても綺麗で美しい。
そして、言葉も言葉としてとても読みやすく、聞き取りやすく、もっと言ってしまうと、とても「わかりやすい」。
そう、ここが最大のポイントで、『奇麗』はきっと誰もが「わかる」作品になっていることが素晴らしいんだと僕は思います。

ただし、アヴちゃんの表現が易しく丸くなったわけではありません。
むしろ、その筆致は鋭く、エグくもなっている。
これまで以上に凄まじく女王蜂であると言ってもいいと思います。
では、傷と痛みの共感から、優しさと「わかる」ことの共感への変化は一体何なのか。

それは、特殊であることに悩んでいる人その人へのメッセージから、誰もが誰しもの中に抱えている「特殊な誰か」への歌になったというのが僕の解釈です。
つまり、マイノリティそのものではなく、すべてのマジョリティが抱えるマイノリティ的な何かへの歌になった、ということなのではないかと。
『奇麗』はだから、あなたにも僕にももちろんアヴちゃんにとっても同じように「わかる」。
誰もが優しさを感じ、誰もが必要だと感じるような音楽。
そのあり方は何よりポップミュージックであると思います。

つまり。
特殊を歌うことの先に普遍がある。
不思議なことのようですが、普遍的であるというのは普通であることとはまるで違い、むしろ誰しもの中にある特殊な何かを、すごい精度で針の穴を抜くように歌うことでしか生まれ得ないのだと思います。

女王蜂のアルバム『奇麗』はそれをやった本当に素晴らしい、普遍的なポップアルバムです。
最高のアルバムだと、何度聴いても思います。
多くの人のリアルな日々に寄り添い、共に歩んでくれるこのアルバムは、これから長きにわたりずっと求められていくーー。
要するに名作、です。
(小栁大輔)
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