今週の一枚 星野源『POP VIRUS』

今週の一枚 星野源『POP VIRUS』 - 『POP VIRUS』『POP VIRUS』
遂に届けられた、3年ぶり通算5作目のフルアルバム。星野源は、この2010年代に「誰もが星野源作品とわかるバンドサウンド」を確立することで、巨大なポピュラリティを手に入れた。これは新作『POP VIRUS』の話ではなくその前提となる話なのだが、よくよく考えてみればこれは凄いことだ。自分たちで演奏パートを分担するバンドアクトたちは、いつでも喉から手が出るほどに記名性の高いサウンドを追い求めている。そんな中で、稀代のヒットメーカーとなった星野源は、曲調や歌詞に込めるギミックだけではなく、独創的なバンドサウンドにおいてもシーンをリードしてきたわけだ。

NHK連続テレビ小説の主題歌として今年配信リリースされた“アイデア”では、「星野源のバンドサウンドを自覚しつつ、それを解体・再構築する」というアクロバティックなテーマのもとに楽曲を完成させ、そのMVは海外でも話題になるほどのトピックとなった。すでに確立されたバンドサウンドを破壊する手続きそのものが、ニュース性の高い事件として受け止められたのである。それは、異質な刺激をもたらすウイルスのように、人々に感染した。ポップカルチャーの歴史に深い愛情を注ぎながら、その枠組みの中には収まりきらない異質な何かが、星野源の中にはあったのである。


《始まりは 炎や/棒きれではなく 音楽だった》

ニューアルバムは、そんなふうに歌われる表題曲“Pop Virus”から切り出される。ギターとベース、シンセサイザー、MPCのビート、そしてストリングスやソウルフルなコーラスが織りなすこの曲は、“アイデア”に持ち込まれていたサウンドがごく自然に溶け合い、星野源サウンドの新基準を打ち立てている。始まりの物語を今一度語り出すように、いや、あたかもすべては最初からあったもののように、そのサウンドは鳴っているのだ。世代の格差や文化の違いを軽々と踏み越え、摂取したすべてのものが新しい細胞や血液を成しているかのように、昨日と同じようで何かが決定的に違う新たな星野源が、そこにはいる。

とりわけ初出となるアルバム収録曲たちは、この「異質さを感じさせない斬新な楽曲デザイン」の印象を強く抱かせる。ビートミュージックのようでありながら有機的で滑らかな響きを持つ“Pair Dancer”や“サピエンス”も、ネオソウルのグルーヴ感とコーラスを備えた“Dead Leaf”(なんと山下達郎もコーラス参加!)も、するりと耳に滑り込む歌謡感が練り上げられていて見事だ。“KIDS”は、温もりのあるシンセフレーズが加わってポップソングとしてのふくよかさを増している。ただ新しい着想を盛り込んで驚かせるばかりではなく、きっちりと星野源ブランドの作品として楽しませることにこそ、このアルバムの本懐はある。

個人的には、シングル『ドラえもん』収録曲も大好きなので『POP VIRUS』に含まれなかったことは少し寂しいけれど、あの楽曲群はシングル作品としてひとつのコンセプトに貫かれていたので、独立した作品として楽しむべきなのだろう。

《命は続く/日々のゲームは続く/君が燃やす想いは/次の何かを照らすんだ》(“Continues”)

《僕たちは骸を越えてきた/少しでも先へ/時空をすべて繋いだ》(“Hello Song”)

既発曲たちに込められた思いも、斬新な新曲たちと響き合うことで、あらためてその奥底に宿した「イエローミュージック」としての概念の輝きを増してくる。異質で新しいウイルスは、異質で新しい誰かは、いつか我々の生活を暖かく照らす「当たり前」になる。星野源が体現してきたことはそういうことだ。本作を携えた年明け2月からのドームツアーでは、その揺るぎない想いが巨大なスペクタクルとして我々の目の前に現れるのだろう。楽しみだ。(小池宏和)
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