今週の一枚 サザンオールスターズ『海のOh, Yeah!!』

今週の一枚 サザンオールスターズ『海のOh, Yeah!!』 - 『海のOh, Yeah!!』『海のOh, Yeah!!』
ちょっとだけ昔話をさせて欲しい。今を遡ること29年前の夏、僕はCDショップの店頭で、『すいか SOUTHERN ALL STARS SPECIAL 61 SONGS』の小粋なすいか模様の缶入りボックスを、指を咥えて眺めていた。中学3年生には、少し高価な代物だった。致し方なくレンタル店で借りたはずだが、なんで欲しかったんだっけ。ああ、サザン好きのあの娘にプレゼントしたかったんだっけ、ということをたった今、思い出した。レコードやカセットテープからCDの時代へと移り変わるあの頃、サザンのヒット曲や人気曲をまとめて楽しめる作品は、独自の切り口の『バラッド』シリーズや限定リリースのコンピレーションを除けば、ほとんど存在しない状況だった。

1998年、デビュー20周年の『海のYeah!!』は、遂にそんな状況を打破することになる画期的な作品だった。僕のような後追い世代のファンも、簡単に、サザンのデビュー以来の名曲の数々を楽しめるようになった。正真正銘、ヒットを連発してきたサザンなのだから、そこには決して軽くはない意味と価値がある。『海のYeah!!』がある幸せを、僕は身に沁みて知っている。

サザンの歌は、生身の情動を喚起させ、また傷心を宥める優れたラブソングだった。その時折で最強のグルーヴを鳴らすダンスミュージックだった。ノスタルジーを不滅のメロディに焼き付ける写真のようだった。時事の問題を軽快なポップミュージックへと変換したドキュメンタリーであり批評だった。つまりサザンの歌は、我々の生活のすべてに滑り込む、優れたメディアだったのである。我々は、まさにそれをロックと呼んでいたはずだ。

『海のYeah!!』から20年、デビュー40周年の『海のOh, Yeah!!』を聴けば、あなたにとってのサザンオールスターズも間違いなくそういう存在だと実感できるだろう。リリースの時系列で言えば最も古いナンバーは“01MESSENGER〜電子狂の詩(うた)〜”とそのカップリング曲だった“SEA SIDE WOMAN BLUES”で、“SEA SIDE WOMAN BLUES”は6月末のNHKホール公演でも13年ぶりに披露。この上なく柔らかでドリーミーなスウィング感を振りまいていた。

この20年余のサザンというのは、片時も立ち止まらずに走り続けてきたわけではない。にもかかわらず、本作収録曲のメディアとしての精度と濃度は、『海のYeah!!』収録曲にもまったく引けを取らない。そういう活動をしてきたからだ。ヒットを請け負うサザンというバンドの凄味を、あらためて実感する。どれだけ多くの人の中にこの歌があるのだろうということを、振動として温度として湿度として、直に確かめることになる。破天荒で、ときに躊躇うことなくアバンギャルドで、オルタナティブという概念が浸透する前からずっとオルタナティブだったサザンは、オルタナティブのままシーンのど真ん中を、人々のハートのど真ん中を射抜き続けてきたのだ。


『葡萄』のとき、遂にサザンは世界に誇る日本のポップの成熟を見せてしまったな、と震えたが、原由子がリードボーカルを務める新曲“北鎌倉の思い出”は、間違いなくそのビジョンの先へと踏み込んでいる。そして、先ごろ公開されたMVが楽しい“壮年JUMP”は、繰り返し聴けば聴くほど、爽やかに弾ける加齢のブルースというテーマが深すぎて目眩を起こしそうになる。サザン以外の誰も辿り着くことのできない、まさにサザン自身を体現する歌である。ポップソングはサイダーの泡のように儚く弾けるからこそ、永遠の存在になるのだ。サザンは本作を携え、8月12日、ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018のGRASS STAGEに大トリとして立つ。(小池宏和)
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