今週の一枚 米津玄師『Lemon』

今週の一枚 米津玄師『Lemon』 - 『Lemon』『Lemon』
シングルCDの発売日を待つまでもなく、すでに「ドラマ『アンナチュラル』主題歌」という枠組みを超えたところで多くの人に愛されている、米津玄師自身8作目のシングルの表題曲“Lemon”。


BPM=87前後の穏やかなリズムに精緻なグルーヴとスケール感を宿らせる、卓越したトラックメイカー/サウンドデザイナーとしての側面。「死」というシリアスなテーマ越しに生命の手触りを躍動させてみせる、リアルな言葉と旋律の探求者としての側面……。米津玄師だからこそ描き得る風景が濃密に盛り込まれたこの楽曲はしかし、これまでの米津の作品世界とは何かが明確に異なる――と感じた人は少なくないはずだ。
そして、その「何か」の手掛かりは、現在発売中の『ROCKIN’ON JAPAN』4月号に掲載されている米津のインタビューの中にある。

「いわゆる歌謡曲を作ろうと思ったんです。『BOOTLEG』を作り終わった瞬間から歌謡曲がマイブームになってて。それもあって作りたくなったんだと思うんですけど。その時期は、中島みゆきユーミン(松任谷由実)、吉田拓郎小田和正とか、その世代の人たちを延々聴いてて。それは自分の中にないものを探すためでもあって」


唯一無二の世界観と音楽性で2010年代を代表するアーティストとなった米津玄師だが、これまでの彼の音楽を聴いていると、その作品世界が「日本の音楽の系譜」の中に位置付けられることを巧みに回避するような、むしろそういった歴史的な流れから隔離された場所に音楽の理想郷を築いているような印象が一貫してあった。

しかし、自身初のドラマ主題歌となったこの“Lemon”という楽曲で彼は、ニューミュージック〜J-POPも含めた歌謡曲の歴史を踏まえた上でソングライティングに向き合っていることがわかる。「日本の歌謡曲の歴史に自ら連なりに行った」と言い換えてもいい。
そして――その結果生まれた“Lemon”が、これまで僕らが知っている「歌謡曲」とはまったく異なる空気感を備えた楽曲になっているのはご存知の通りだ。

もちろんそこには、米津いわく「ある種踊るように、ステップを踏むように人の死を歌う、ってイメージが自分の中に浮かんで。結果ハネたリズムになったっていう。で、いわゆるバラードってものとは全然違うベクトルにあるものを持ってきたいなと思って。その意味でヒップホップ、カニエ(・ウェスト)とか好きなんで、そういうニュアンスをハイブリッドさせたらおもしろいんじゃないかなあって」(同)という着想のみならず、それを形にするセンスやスキルの確かさといったミュージシャンシップを物語るファクターは随所に存在する。
が、何よりこの楽曲で特筆すべきは、日本のポップの潮流の源を遡りながらその系譜の最先端に立ち、ついには「歌謡曲」という概念そのものをアップデートするほどの創造性を、ドラマ主題歌という舞台を通して真っ向から繰り広げてみせた米津の、しなやかで揺るぎない覚悟そのものだ。

《どこかであなたが今 わたしと同じ様な/涙にくれ 淋しさの中にいるなら/わたしのことなどどうか 忘れてください/そんなことを心から願うほどに/今でもあなたはわたしの光》(“Lemon”)


避け難く訪れる永遠の別れを、この上なく美しいポップミュージックへと昇華してみせた“Lemon”は同時に、表現者・米津玄師の進化の厳然たる証として、日本の音楽史上の転換点として重要な1曲だと思う。(高橋智樹)
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