アルバムの幕開けを飾る“Hunger”の音像に触れた瞬間、これまでのthe HIATUSのどの作品とも異なる今作『Our Secret Spot』の訴求力と浸透力を誰もが悟るはずだ。
強靭なロックの肉体性を極限にブーストしたり、壮麗なスケール感のサウンドスケープとともに巨大な世界観を提示したり――といった方法論とは一線を画し、感情のディテールまで映し出すような高密度なハイファイ感と、リバーブ成分を極力排した洋楽的なリズムサウンドの強度を織り重ねながら、僕らの心の奥底にある想いを探り当て、虚飾なき言葉で確かな光を灯してくる。『Our Secret Spot』はそんな作品だ。
《Well, it's all about it/You know/Hunger is a way of my life/An empty feeling about it/I'm on the line/You know(まあそういうことなんだよ/つまりさ/渇望が僕の生き方なんだ/それには虚しい気持ちもあるよ/もうギリギリのところさ/そういうこと)》
(“Hunger”)
the HIATUSの活動開始から10年の間に、今作『Our Secret Spot』含め6枚のオリジナルアルバムが生み出された。前作『Hands Of Gravity』からは3年のスパンが空いてはいるが、特に細美武士は2017年にはMONOEYESの2ndアルバム『Dim The Lights』をリリース、昨年にはELLEGARDENの約10年ぶりとなる復活ツアー「THE BOYS ARE BACK IN TOWN TOUR 2018」を開催……と多忙な日々を過ごしてきたことを考えれば、逆に3年スパンでthe HIATUSのアルバムを完成できたことは奇跡に近い。
人間の弱さも儚さも含め緻密かつリアルに描き切った今作はしかし、どこまでもダイナミックに《Save me》の叫びを繰り返し突き上げていた“Insomnia”の頃の熾烈なメランコリアとは趣を異にするものだ。
“Regrets”という楽曲にクールなシティポップの如きアレンジを与え、《How do I find them now/With all of these chemicals around(どうすれば彼らに会えるんだろう/これだけの化学物質に囲まれていて)》と歌う“Chemicals”を聖歌のような荘厳さをもって鳴り渡らせる――。矛盾や軋轢に満ちた世界を嘆き悲しみ慟哭するのではなく、それ自体を真っ向から抱き止めるしなやかなタフネスと、それゆえのポジティビティが、今作には通底している。そして、それは取りも直さず、10年間にわたり音楽と己を研ぎ澄ませ続けてきた細美武士と、その探求精神を最大限に解き放つことのできるthe HIATUSという表現集団だからこそ実現し得たものでもある。
《It's time to get into action/Who's gonna tell me what to do/You know it may not be too late/So come here and spin it up(行動を起こす時だ/やるべきことなんて誰も教えてくれない/まだ遅くはないかもよ/だからここへ来て賭けてみようぜ)》
(“Get Into Action”)
《Now I see you, the moonlight/I want my soul to sing again(君が見えるよ 月明かり/僕の魂が再び歌い出すといいな)》
(“Moonlight”)
終盤2曲で歌われるそんなフレーズが、the HIATUSの「その先」と、今この時代を生きる僕らすべてへ向けられた福音の如く響いてくる。珠玉のアルバムだ。(高橋智樹)