1987年のソロデビューシングル『悲しい気持ち(JUST A MAN IN LOVE)』から30周年という節目めがけて、昨年から桑田佳祐は意欲的なソロ活動を繰り広げ、いよいよ待望のニューアルバム『がらくた』が届けられる。オリジナルアルバムとしては『MUSICMAN』以来6年ぶり、その後ベスト盤『I LOVE YOU –now & forever-』も挟んではいるが、新作『がらくた』は今後の我々のリスニング時間を予約する、まさに生まれながらのグレイテストヒッツである。
“Yin Yang(イヤン)”、“ヨシ子さん”、“君への手紙”といったシングル表題曲やそのカップリング曲、NHK連ドラ『ひよっこ』主題歌の“若い広場”、JTBのCM曲でありMVも公開された“オアシスと果樹園”といった周知の楽曲もさることながら、『がらくた』はそのタイトルとは裏腹に、恐ろしくリッチで風通しの良いポップチューンだけを収めている。
ピアノの転がるロックンロールで《その名もTOP OF THE POPS/栄光のヒストリー/今ではONE OK ROCK/妬むジェラシー》と歌う“過ぎ去りし日々(ゴーイング・ダウン)”で始まるこのアルバムは、“ヨシ子さん”や“君への手紙”がそうだったように、年齢を重ねて時代の移り変わりと格闘し、また記憶の底にある煌めきや情熱をどうにか手繰り寄せようとする、そんな楽曲の数々が詰め込まれているのだ。
時の流れはどんな巨大な力でも止めることができないものであり、何よりも音楽は時間と密接な関係をもつ表現手段だ。そんな「時」というテーマと真摯に向き合うこと。桑田のそんな姿勢は、時代に向けられた愚痴や甘いノスタルジーに留まることなく、優れたポップミュージックに課された使命がそうであるように、「今」を浮かび上がらせてしまう。
ジャズソングの逸品“簪 / かんざし”で歌われる《甘くジャズなど歌わずに/粋なブルースで踊らせて》といった歌詞や、グルーヴィーなニューソウル風の“愛のささくれ〜Nobody loves me”にしたためられた《ラジオで聴いたナンバー/都会の隅で/涙のスティーヴィー・ワンダー/背伸びをしてたんだな》というフレーズは、それぞれの楽曲の音楽的なインスピレーション源を桑田自らが親切にガイドしてくれるかのようだ。楽曲ごとに多種多様な音楽のルーツが顔を覗かせるアルバムを、ポップに纏め上げる工夫に唸らされる。
スパニッシュギターの響き渡る情熱的な愛の回想“大河の一滴”や、壮麗でロマンチックなフィリーソウル/ディスコの“百万本の赤い薔薇”が過剰な重さを感じさせない現代的なサウンドとなっていたように、意外にも少人数で製作された『がらくた』は押し付けがましさとは無縁だ。あくまでもポップに届けるために知識と知恵の両輪をフル回転させている。豊かなのに、重くないのである。生命の瞬きを歌い込んだ珠玉のバラード“ほととぎす [杜鵑草]”の、コズミックで美しいサウンドスケープには息を呑む思いがする。
「時」というテーマに向き合いながら、桑田佳祐は蓄積された知識を巧みにコントロールし、世代の格差を超えてやろうとする。音楽の素晴らしさは難しいものでも近寄り難いものでもなく、ましてや高尚なものでもない。誰にだって手を伸ばせば触れることが出来るんだよ、ということ。そんな稀代のポップアーティストとしての誇り高い責任感が、このアルバムを『がらくた』と名付けさせたのではないだろうか。
蛇足かも知れないが、個人的な好みで“サイテーのワル”を推し曲とさせて貰いたい。時代の変化と真っ向から格闘し斬新なサウンドとして成果を残してみせた、“ヨシ子さん”と対を成すかのような凄まじい一曲である。コンテンポラリーなダンスミュージック方面からそのテーマを攻めた“ヨシ子さん”と、思いっきりロック方面から攻めた“サイテーのワル”。ベテランらしい余裕をかますこともなく、そんなふうに汗水垂らして必死に闘い、怒り、嘆く桑田佳祐を、僕は愛してやまないのだ。(小池宏和)
今週の一枚 桑田佳祐『がらくた』
2017.08.22 12:30