【今週の一枚】スピッツが新シングル『優しいあの子』で今を生きる人々に光を照らした「道」とは?

【今週の一枚】スピッツが新シングル『優しいあの子』で今を生きる人々に光を照らした「道」とは? - 『優しいあの子』『優しいあの子』
「美味しいものを食べたときに『あの人にも食べてもらいたい』と思ったりするじゃん。その『あの人』が、今の自分がいちばん好きな人なんだって」――学生時代、気の合う同期と数名で焼き鳥屋に行ったとき、向かいに座っていた友人がそう言った。友人は続けた。「食べ物に限らず、景色とか映画とか、感動したときに『あの人にも見せたい』と思うのもそうらしいよ」。その場の全員が感心しながら納得した。
NHK連続テレビ小説『なつぞら』の主題歌であり、スピッツの約3年2ヶ月振りのリリースとなるシングル表題曲“優しいあの子”を聴いて、そんな思い出が頭をよぎった。

草野マサムネ(Vo・G)の「季節が夏であっても、その夏に至るまでの長い冬を想わずにはいられない」という気付きと、『なつぞら』に対する「厳しい冬を経て、みんなで待ちに待った夏の空」という解釈が重なり合い生まれた同曲。主題歌のオファーをもらい、十勝の地を何度も訪れるなかで、草野は『なつぞら』のヒロイン・なつの人生はもちろん、人間の一生に近しいものを感じたのではないだろうか。


1番を例に出すならば《重い扉を押し開けたら 暗い道が続いてて/めげずに歩いたその先に 知らなかった世界》という「歩み」を示したあと、《氷を散らす風すら 味方にもできるんだなあ》という「気付き」を独り言のようにつぶやく。そして《切り取られることのない 丸い大空の色》という「これまで知らなかった感動」を、《優しいあの子にも教えたい》と歌う。それはすなわち、「山あり谷ありの人生を歩むことで、自分のなかから生まれた『とっておき』を優しいあの子に分け与えたい」ということに思えた。
草野はその想いを「愛してる」というメッセージにするのではなく、十勝の空や季節の美しさに託した。楽器のフレーズ一つひとつも、踊りながら歌に寄り添うよう。だからこそ“優しいあの子”はあたたかく降り注ぐ太陽の光のように、じんわりと大きな愛情を感じさせてくれる。その安心感が、今を生きる我々におのずと英気を養わせてくれるのだ。

そんな慈愛に満ちたシングル曲のc/wに、“悪役”というタイトルの楽曲を当てるところもパンチが効いている。ノイジーなギターが軽やかかつ力強く鳴り響く同曲は、2018年に実施されたファンクラブツアーだけで披露されていて、ファンにとっては満を持しての音源化。“優しいあの子”とは違う観点で綴られる、溢れんばかりの揺るぎない愛情とフレッシュな逞しさは不老不死を疑うほどだ。

老若男女の心に飛び込んでくるポップネスと、ざらりとしたロックバンドとしてのダイナミズムを併せ持つ音楽からも、あらためてスピッツが稀有な存在であることを思い知らされた。大仰ではないからさりげないギミックが粋に映るし、粋に映るのはバンドの根幹が太いからだ。大いなる愛情を両極端な観点で味わえる『優しいあの子』で、またスピッツの歴史がヴィヴィッドに動き出すだろう。(沖さやこ)
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