今週の一枚 米津玄師『ピースサイン』

今週の一枚 米津玄師『ピースサイン』 - 『ピースサイン』ヒーロー盤 (c)堀越耕平/集英社・僕のヒーローアカデミア製作委員会『ピースサイン』ヒーロー盤 (c)堀越耕平/集英社・僕のヒーローアカデミア製作委員会
アニメ『僕のヒーローアカデミア』第2期オープニングテーマとしてオンエア中のシングル曲“ピースサイン”。バンドアレンジの躍動感に身を任せてポップの極致を体現する、従来の「米津玄師らしさ」のイメージを痛快に裏切るようなカラフルな疾走感に満ちたナンバーだ。
そして同時に、「自分らしさ」の枠組みに囚われないフリーフォームな開放感こそが、特に『Bremen』後の彼の「米津玄師らしさ」の核心である――ということを、既発シングル『LOSER / ナンバーナイン』、『orion』とともに指し示している楽曲でもある。


それまで縁のなかったダンスという手法を取り入れ自ら披露することで、「現実に翻弄されながらも現実に抗うルーザー」を表現してみせた“LOSER”。
米津自身もリスペクトを寄せる羽海野チカの世界観に飛び込んで、「恋愛をテーマにした」ではない「恋愛そのもの」の繊細なラブソングを紡いだ“orion”。
「自分」を核に表現者としての道筋を作り上げるのではなく、己の感情や好奇心の赴くままに多彩な表現やエッセンスに出会っていくことで、「自分」は自ずと作り上げられていく――という潔いまでの姿勢がくっきりと窺える。



そして、今回の“ピースサイン”。米津本人も、少年時代にテレビで流れていたという“Butter-Fly”(『デジモンアドベンチャー』オープニングテーマ)からの影響を明かしているし、『ROCKIN'ON JAPAN』6月号のインタビューでも、「今の自分が思う王道ってどういうものなんだろう?」と『Bremen』直後に思索を巡らせていたタイミングと『ヒロアカ』OP曲のオファーが重なった、と“ピースサイン”の背景について語っている。
つまり、そんな「自分が思う王道」を自分自身が歌ってみたらどうなるか?という無防備で切実なワクワク感に突き動かされた結果、ポップとロックを全開放したような“ピースサイン”という楽曲が生まれるに至った、ということだ。

前述のインタビューでも「蓋を開けてみたら『米津玄師ってこういうこともできたんだ』っていう反応がすごく多かった」と米津自身も語っていたが、それはすなわち、今の彼の自由さがリスナーの既成概念やカテゴライズを遥かに超越したものであることの裏返しでもある。
《蛹のままで眠る魂を/食べかけのまま捨てたあの夢を/もう一度取り戻せ》……「自分はこういう人間だから、こういう表現はできない」というリミッターを一切取り払った先の、途方もなく眩しくスリリングな領域で、米津玄師は今なお「その先」を進んでいる――ということを、この“ピースサイン”は如実に伝えてくるのである。

なお、今作『ピースサイン』はカップリング曲もシングル表題曲級の名曲揃い。後期ビートルズ直系のサウンドデザインの中で伸びやかなメロディが咲き乱れる“Neighbourhood”、ハチ名義の“沙上の夢喰い少女”をまったく新しいアレンジの静謐なバラードとして再構築した“ゆめくいしょうじょ”――。来るべき「次のアルバム」への期待をいやが上にも高めずにおかない1枚だ。(高橋智樹)

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