前作『Origin』のツアー、谷口鮪はステージ上から晴れやかな表情で「音楽が仕事になってたまるかという気持ちで、これからもやっていきたいと思います」と宣言していた。人気ロックバンドとしての役割を放棄するとか、そういう後ろ向きな意味合いではない。全国デビューした瞬間から絶大な支持を獲得してきた彼らには、普通では考えられないような重圧がのしかかっており、がんじがらめになりかけていたのだろう。
バンド活動の初期衝動を再確認し、さらに自分たちの技術を磨いて、全力で楽しみながら自分たちのロックを探求してゆくということ。それが『Origin』と「仕事になってたまるか」の真の意図だったのだと思う。『Wake up』、『Fighter』、『バトンロード』というシングル群は、それぞれが映像作品とのタイアップであるにも関わらず、どうかと思うぐらいにKANA-BOONの新しい意気込みを映し出していて痛快であった。
そして1年7ヶ月ぶりのニューアルバム『NAMiDA』。ギリギリのスピードでコーナーに突っ込んで行くKANA-BOONの機動力や、巧みな押韻を活かして弾ける鮪の歌の小気味良いフックはそのまま、強烈に刺激的なロック音響が全編から立ち上っている。あのときの鮪の宣言が、音の速度で「つまりこういうことです」という説得力を突きつけてくるアルバムなのだ。序盤の、孤独感を燃やし尽くす“ディストラクションビートミュージック”や“人間砂漠”からして、歌詞以上にサウンドが「ロックを聴く意味」を教えてくれる。
全12曲のうち、前半を締め括るように配置された6曲目の“涙”と、後半を締め括る12曲目の“それでも僕らは願っているよ”がとりわけ素晴らしい。“涙”はヒリヒリするような記憶を引き摺ってひた走る、KANA-BOONらしい情緒の描き方が冴え渡っており、溢れる涙が首の後ろに飛び散ってゆくような絵面さえイメージさせる、ロックの疾走感があればこそという楽曲だ。
そして、“それでも僕らは願っているよ”にも、《涙とともに流してしまえよ》というコーラスがしたためられている。アルバムの最重要テーマを担うように配置されたこの2曲は、激しく渦巻く感情を抱え込んでいるからこそロックという激しい音楽を求めてやまない、我々の魂の根源に触れている。《涙の跡が乾いた頃には 君も同じように笑えているかな》。走りながらその頬に向かい風を感じているからこそ、確かな熱い体温を感じているからこそ、KANA-BOONのロックは涙が乾くときのことを前提に鳴らされているのだ。(小池宏和)
今週の一枚 KANA-BOON『NAMiDA』
2017.09.26 12:30