今週の一枚 amazarashi 『世界収束二一一六』

今週の一枚 amazarashi 『世界収束二一一六』

amazarashi
『世界収束二一一六』
2016年2月24日(水)発売



満員電車の中では、揺れて揉まれる人の動きに逆らわず、力を抜いて立っていると割と楽だ。そんなことに気づいたのはここ最近の話で、以前なら、将棋倒しにでもなったら大変だし、隣の人にも迷惑がかかるから、なるべく踏ん張っていよう、と思っていた。押すなよ、馬鹿野郎。通りたいなら「すみません」ぐらい言え。やっぱり、我々はいつか将棋倒しになってしまうんじゃないかな。

まるで砂場の棒倒しの棒のように、いつでも崖っぷちで立ち尽くしている孤高のアーティスト。デビューしてから数年間、僕はamazarashiにそんな印象を抱いていた。ミステリアスな存在感が余計にそう思わせたのかもしれない。ただ、ライヴにふれるにつれ、ステージを覆う紗幕スクリーンの向こうの秋田ひろむは堂々と、よりオープンな雰囲気でオーディエンスに向き合うようになった気がしている。現在発売中の『ROCKIN’ ON JAPAN』3月号に初の対面インタヴューが掲載されたのも驚きだった。

「COUNTDOWN JAPAN 15/16」で初めて聴いた“多数決”(ニューアルバム『世界収束二一一六』に先駆けて2016年1月20日に配信リリースされ、MVも公開されている)は衝撃的であった。amazarashiはいつでも、生死の境目の決定的瞬間をドキュメントするような楽曲を歌ってきたが、“多数決”は音と言葉がタイムラグなしに「今」の切迫感を伝えるナンバーであった。《もういいよ いいよ》と秋田ひろむが歌うとき、MVの中のその《いいよ》は鏡文字のように反転する。秋田ひろむの歌声のトーンからも、「いいよ」の意味が感情的に反転していることが分かる。つまり、全然よくないのである。

新作『世界収束二一一六』は、一瞬一瞬の決断の連鎖によって世界の時間・歴史が紡がれていることを伝える、壮大なコンセプトアルバムだ。全12曲のうち、6曲目“ライフイズビューティフル”と7曲目“吐きそうだ”、つまり真ん中の2曲の歌詞の中で、秋田ひろむは彼自身と出会っている。異なる決断をしたパラレルワールドの秋田ひろむ、と言えばいいだろうか。それぞれのタイトルからもわかるように対照的な2曲だが、恐らく“吐きそうだ”の物語は“ライフイズビューティフル”の物語の翌日、という設定である。ここでも、決断と運命の悪戯が描かれているというわけだ。

さらに、独白風のエモーショナルな朗読となった“しらふ”。その終盤ではこう語られる。《属する場所がないって場所にはぬけぬけと属して 舐め合う傷跡は蜜の様に甘え》と。頼もしい創作パートナーはいる。支えてくれるファンも多くいる。しかし、秋田ひろむはそれに感謝すれど甘えることはない。相変わらず一人崖っぷちに立ち、多数決を疑い、自分自身と向き合って必殺の一行を掴み取ってくる。その孤独な決断の積み重ねが、今の彼の堂々としたパフォーマンスを支えているように思えてならないのだ。(小池宏和)

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