初回放送時の、曲が流れるその瞬間まで明らかにされなかったドラマ『ノーサイド・ゲーム』の主題歌。それが米津玄師の“馬と鹿”だったというニュースに驚いた人はきっとたくさんいたことだろう。ラグビー、企業スポーツ、左遷からの再起、そして原作は池井戸潤。これらのモチーフと米津玄師というアーティストのイメージとの間にはやや距離がある。
実際、“馬と鹿”からはこれまでの米津の楽曲とは異なる種類のエネルギーが感じられた。エレキギターとボーカルのみの歌い出し。一歩一歩踏みしめるようにズンと響くビート。スネアによるマーチングのリズム。ストリングスとともに《これが愛じゃなければなんと呼ぶのか/僕は知らなかった》と始まるサビ。サウンド全体の盛り上がりに伴い、力強くなっていくボーカル。それこそラグビーをはじめとしたスポーツの醍醐味にあたる、ひとつの物事に熱中することによって初めて得られる歓喜と祝福の瞬間を形にしたような曲だ。
一方、完全に開けているわけでもなく、よく聴くと転調が異様に多いし、コード進行もメロの展開も特殊で、迷路の奥へ奥へと自ら進んでいっているように聴こえるのが面白い。『ROCKIN’ON JAPAN』2019年10月号のインタビューによると、“馬と鹿”の制作に取り掛かったのは“海の幽霊”(本シングルのカップリング曲。かつ、米津が多大な影響を受けた漫画を原作としたアニメ映画『海獣の子供』の主題歌として書き下ろした曲)を作り終えたあとだったらしく、本人曰く、燃え尽き症候群になり、「頭がおかしくなってた」感じがそこに出ている、とのこと。しかし結果的に、曲がり道ばかりの展開は華やかな栄光の裏にある葛藤の積み重ねを体現しているように思うし、また、(これまでの曲にも見られた)広く行き渡る役割を持った曲にさらりと異物を混入させる、少し風変わりなものもポップソングとして成立させてしてしまう米津の手腕・センス・思惑みたいなものも見て取れる。
“海の幽霊”は映画主題歌としても米津の新曲としてもこの上ない出来だったが、いつものカップリング曲と同じように自由なテンションでありながらも、いつもとは違ってかなりシリアスな内容である“でしょましょ”にも注目しておきたい。人間の根源的な力強さを歌った“馬と鹿”と、人智の及ばない領域に対する畏怖を表した“海の幽霊”。そして無我夢中になることの美しさを讃える“馬と鹿”と、熱にあてられ正常でなくなった状態の危険性を捉えた“でしょましょ”。このようにカップリング曲はいずれも表題曲と対になっているようだ。(蜂須賀ちなみ)