今週の一枚 luki『東京物語』

今週の一枚 luki『東京物語』

luki
『東京物語』
11月19日発売



1曲目の“東京”を聴いた瞬間に驚いてしまった。

EDMを取り入れたサウンドが斬新だったからではない。むしろ、lukiのもっている文学性やテーマ性とEDMのテイストが、じつは根底で通じ合うものだということが一瞬でわかったからだ。最先端の音を導入したというだけではない、シンガーソングライターlukiとしての必然がこのサウンドなのだということが、あからさまに伝わってきたからだ。

EDMは欲望の塊のような音楽だ。下から突き上げるような4つ打ちのキック、景色を覆い尽くしていくようなシンセのレイヤー、ポップな歌、確実に盛り上がりを約束された曲構成。ベタであればあるほどその享楽性は増し、大きなパワーを生み出す。現実がリライトされ、非日常のパーティ空間が現れる。
しかし、これはどんなダンス・ミュージックにもいえることだが、その享楽性とパワーの裏には、同じだけの空虚さと儚さと退屈がついて回る。EDMの身も蓋もない享楽性とそこから生まれる巨大なエネルギーは、それだけ現実が退屈で虚しいものであることの証明でもある、ともいえる。lukiがその歌で暴き出すのは、まさにそれだ。

実質的にタイトル・トラックともいえる“東京”はその題名どおり、lukiが見て感じた東京の街についての曲だ。東京で生まれ育った彼女は、華やかな東京の表舞台には目もくれず、古い神社や校庭の土ぼこりの匂いや駅前のベンチや始発電車の空気こそが私にとっての「東京」だと歌う。そしてそこは《いつもただの東京》であると断言する。巨大でハイテンションな都市の裏側にある日常や、失われていく過去や、そこから動けない自分をEDMのアップリフティングなサウンドと対比させることで彼女が描こうとしているもの。それがlukiの『東京物語』である。

これまでも作品ごとに表情を変え、どの時々も時代の空気と共振しながら世界を描いてきたlukiだが、僕は彼女の描こうとしていることはずっと変わらずにひとつなのではないかと思っている。
ブルース・ハープにすべての思いを託していたデビュー当初の素朴な姿から、EDMをはじめエレクトロニカ、ポスト・ロックの要素も果敢に導入し、サウンド面では大幅なアップデートがなされた今作のサウンドにいたるまで、彼女はまるで映画のカメラのように、その時代とそこに生きる人々を見つめ、鮮やかに、ときに残酷に切り取ってきた。そのイメージがすべての出発点にあり、そこから逆算されるようにメロディが紡がれ、言葉が選ばれ、スタイルが決定していく。
その原点のイメージをあえて言葉にするならば、「愛と世界」ということになるだろうか。この世界がどんな場所であり、そこで愛はどのように可能(もしくは不可能)なのか、という問題。これまでのミニアルバム、『ゼロの森』でも『パープル』もそうだったと思う。

その「愛と世界」というテーマが、今作ではサウンドがアップデートされることで、画期的なまでにコントラスト鮮やかに浮かび上がっている。根岸孝旨やYANAGIMANというヒットメイカーの手によって磨き上げられた最先端のサウンドと対をなすように、lukiの歌もまた、どんどん本質的で深度の深いものに進化している。「東京」という空間はlukiにとって、もっとも近い「世界」だったのかもしれない。その「東京」を舞台に、このアルバムではいくつもの愛の形が示される。ときに切実に、ときにユーモラスに、アコースティックなバラードから色鮮やかなポップス、切れ味するどいロックまで、多彩な音に重ねて、彼女は愛を歌う。

終わっていくふたりの関係を、頂点を越えて落ちていく観覧車にたとえた“観覧車”。
自己と他者の壁を乗り越えて《ねじれた時空 壊れてもいい/あなたを愛し続ける為なら》と宣言する“パラレル・ワールド”。
文字通り決死の愛を歌う“KISS OR KILL”。

そして再びEDMの壮大なサウンドスケープの中で今を《さみしい時代だった》と結論付ける“100年後のあなたへ”が、このアルバムのクライマックスだ。「愛と世界」の対立に終止符を打つように、lukiは遠く未来へと希望を歌うのである。
圧倒的なサウンドプロダクションを前に、lukiの本質が一気に明らかになるような1枚だ。
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