今週の一枚 SEKAI NO OWARI『Hey Ho』

今週の一枚 SEKAI NO OWARI『Hey Ho』

SEKAI NO OWARI
『Hey Ho』
2016年10月5日発売

少し話は遡るが、サポートプレイヤーとしてストリングスチームのみならずドラム&ベースの生のリズムをも擁したアンサンブルでもってセカオワアンセムの数々を響かせていた「The Dinner」ツアーを体験して改めて感じたのは、今や誰もが普通に存在を認識しているSEKAI NO OWARIという音楽集団が、どれだけ傑出したフロンティアスピリットによって成立しているか、ということだ。

ニッキー・ロメロを迎えて大胆にEDMに振り切った“Dragon Night”がバンドの代名詞的な楽曲となった後も、ダーク&ミステリアスな“ANTI-HERO”、純白の無感覚の風景=“SOS”といった英語詞のシングル曲で次々に新境地を開拓していったSEKAI NO OWARI。
ドラム/ベースがいない「バンドサウンドにこだわる必要のないバンド」であることを最大限に活かしながら、彼らは音色のひとつひとつや音像の隅々に至るまで、そのクリエイティビティを鮮烈に躍動させてきた。

自分たちが確立した音楽のフォーマットに「表現したいこと」をフィットさせていくのではなく、「自分たちが表現すべきコンセプト」を基準にバンド自身のサウンドを形成し、変化させていく――それは言わば、常に100か0かのトライ&エラーを繰り返していくような、途方もない道程でもある。
その困難な歩みをも彼らは日常として受け止めた上で、日本屈指のポップアイコンとなった。そんなSEKAI NO OWARIの足跡が、ドラム&ベースを加えた「The Dinner」の「当たり前だけど当たり前じゃない」編成のアクトを観ていてまざまざと胸に蘇ってきて仕方がなかったのだ。

そして――前置きが長くて恐縮だが、ニューシングル表題曲“Hey Ho”の話だ。

「《空は青く澄み渡り 海を目指して歩く》と歌っていた“RPG”の続編的なストーリー」というカードが事前にオープンされていた、SEKAI NO OWARIの約1年ぶりとなるシングル曲“Hey Ho”。
ホーンやフィドル(バイオリン)などアイリッシュ民謡〜ブルーグラス的な要素を濃密に織り込んだ豊潤なアンサンブルと《Hey Ho》のコールとともに、嵐の海へと挑もうとする心情を歌ったこの曲。だが、《怖いものなんてない 僕らはもう一人じゃない》と突き抜けるような高揚感とともに歌い上げた“RPG”とは、今作の手触りは大きく異なる。
その相違はひと言で言えば「葛藤」だ。

そもそも“Hey Ho”は動物殺処分ゼロプロジェクト「ブレーメン」の支援シングルとして制作された楽曲であり、《大事にしたから大切になった/初めから大切なものなんてない》《誰かを助けることは義務じゃないと僕は思うんだ/笑顔を見れる権利なんだ》というフレーズからも、世界中のどこかで危機に瀕している動物たち=「誰か」に手を差し伸べようとする想いを綴った歌詞であることが窺える。
が、《この嵐の中、船を出す勇気なんて僕にあるのかい》という一節によって、この楽曲は原則論のメッセージやハッピーエンドのおとぎ話ではなく、「現実」の困難と重みを備えた葛藤の物語として、僕らの頭と心に響いてくる。

この楽曲のサビが8ビートでもダンスビートでもなく、大編成のマーチングバンドを彷彿とさせるリズムであることも、決して偶然ではないと思う。
動物たちに対してはもちろんのこと、遠い世界に住む「誰か」への想像力を持つことで、この世の中は一歩ずつでも変えられるのではないか?……という命題を、この時代を生きる僕らと一緒に考えながら「その先」へ歩み進んでいくために、SEKAI NO OWARIはこのビートを必要としたのだろう。そう思わせる決然としたタフネスが、この曲には確かにある。

「大人になると、挑戦することも怖くなるよね。新しいステップに行きたいと思ってる人って、パッと見はカッコ悪いけど、いつか報われるんじゃないかって頑張るんだよ。俺たちもずっとトライして、間違えることを怖がらない大人になりたいと思ってます」

前述の「The Dinner」ツアー、さいたまスーパーアリーナ3DAYS初日のステージで、さらなる進化への意欲をFukaseはそんなふうに語っていた。
セカオワファンタジーと現実の織り成す至上のタペストリーと言うべき“Hey Ho”も、一転して「軍事用ロボットの恋心」をファンタジックに描き切ってみせた“Error”も、「セカオワ新次元」を明確に感じさせるものだ。来年のドーム&スタジアムツアーに向けて、抑え難く期待感が高まる1枚だ。(高橋智樹)
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