今週の一枚 椎名林檎『逆輸入 ~航空局~』

今週の一枚 椎名林檎『逆輸入 ~航空局~』
椎名林檎のセルフカバーアルバム第1弾『逆輸入 〜港湾局〜』(2014年)は、「他のシンガーに提供した楽曲を自分で歌う」という生易しいレベルに留まらず、自らの手から一度離れた詞曲という「音楽的DNA」を再び自分の磁場へと迎え入れるために己のクリエイティビティの限りを尽くし、他者が歌った既発バージョンへの最大限のリスペクトと挑戦精神をもって歌い上げるという、まさに「自分自身との闘い」と呼ぶべき1枚だった。

椎名林檎というアーティストの妖艶さと凄味は、その唯一無二の歌=音楽を「どう」表現するかという手法においてのみならず、「何を」表現するかという点――すなわち彼女自ら生み出した歌詞と楽曲においても濃密に宿っている。
その事実は、今年1〜3月期のTVドラマ『カルテット』で主要キャストの4人=松たか子・満島ひかり・高橋一生・松田龍平が「Doughnuts Hole」名義で披露した主題歌“おとなの掟”などの楽曲を通して誰もがリアルに感じているはずだ。
たとえ椎名林檎本人が歌っていなくても、他のアーティストに手渡されたその歌詞および楽曲の中には、椎名自身の作家性という形で彼女のアイデンティティは濃密に宿っている。

しかし、その楽曲がセルフカバーという形で再び椎名のもとへ戻ってきた時、そこに生まれるのは「安堵」でも「ホーム感」でもない。むしろ、「作家・椎名林檎」が作り出した楽曲を最大限に花開かせるために、「表現者・椎名林檎」が全身全霊を傾けていく、という熾烈な構図だ。
彼女にとってセルフカバーという試みは取りも直さず、「作家・椎名林檎」と「表現者・椎名林檎」が常にせめぎ合い、お互いに覚悟をもって対峙しているという彼女の内部構造を、誰の目にも明らかにするものだ――ということを、今回セルフカバーアルバム第2弾として制作された『逆輸入 〜航空局〜』を聴いて改めて感じた。


前述の“おとなの掟”や高畑充希“人生は夢だらけ”(本人出演・歌唱CM楽曲)、「ICHIGO-ICHIE」こと深津絵里の“重金属製の女”(野田秀樹作・演出『エッグ』劇中音楽)といったドラマ・CM・演劇への提供曲、さらに石川さゆり“暗夜の心中立て”、“名うての泥棒猫”、“最果てが見たい”、SMAP“華麗なる逆襲”、林原めぐみ“薄ら氷心中”、柴咲コウ“野性の同盟”、栗山千明“おいしい季節”、ともさかりえ“少女ロボット”といった他アーティストへ提供された楽曲群まで、新たな装いでセルフカバーした全11曲。
小林武史根岸孝旨大友良英上田剛士前山田健一といった曲ごとに異なるアレンジャー陣とタッグを組んで作り上げた前作『逆輸入 〜港湾局〜』とは趣を変え、椎名林檎作品には欠かせない斎藤ネコ/村田陽一/名越由貴夫/朝川朋之という名匠たちを迎えて制作されていることからも、「表現者・椎名林檎」がより自らの本質に近いところでこの11曲と向き合おうとしていることが窺える。


CMソングとしてオンエアされている上記の“おいしい季節”セルフカバーバージョンは、すでに多くの方が耳にしたことと思う。原曲に沿った方向性のアレンジながら、たった15秒のCMで流れる歌の力で観る者の頭と心を支配してみせるその訴求力に、思わず胸が震えた。そんな彼女の在り方を支える表現者としての矜持が、今作の一瞬一瞬から伝わる。そんな1枚だ。(高橋智樹)
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