今週の一枚 菅田将暉『PLAY』

今週の一枚 菅田将暉『PLAY』 - 『PLAY』通常盤『PLAY』通常盤
まず菅田将暉という俳優の何が凄いのか、から書き始めようと思う。俳優・菅田将暉は、至って真面目にそれぞれの作品で求められることを、逸脱することなく全うしながらも、なぜかいつも自由に見える。スクリーンやテレビを観るお客さんが、楽しむためにその作品を観るのである以上、そこで演じる俳優も決して感性を縛られる必要はない。自分だけが持っている自由な感性で、好奇心全開にその役を感じながら、その中で一生懸命遊べばいい――とてもプロフェッショナルなのに、そんなふうに青臭い。そこから1ミリもブレることがないのが菅田将暉という俳優だと僕は思う。


そんな個性を強みにしながら、俳優としてその名を知られている菅田将暉だからこそ、彼がミュージシャンとしてもデビューし、ステージに立って歌うことを「俳優による音楽活動」という色眼鏡で見る人は少なくない。しかし誰が何と言おうと、菅田将暉がミュージシャンにもなりステージに立って歌うようになったのは、至って自然なことだ。来てくれたお客さんに楽しんでもらえる方法を一生懸命考えることと、わがままなくらい自分自身のままステージに立つことが、音楽というものがあれば矛盾しない。菅田将暉は、俳優になるために生まれてきたような男でもあるけれど、同時に、こんなに音楽に向いている男はいないのである。このデビューアルバム『PLAY』には数多くのミュージシャンがソングライターとして参加しているが、ここに収録された楽曲を聴くと、彼らが菅田将暉とのコラボレーションだから音楽家としてできることを本気で追求し、楽しみながら闘っていることが伝わってくる。

特に、最新シングルとしてヒットした“さよならエレジー”を作詞・作曲した石崎ひゅーいの存在は大きい。

《俺をふるなんてたいした女だな/しかも雨が降るなんて映画じゃあるまいし/この店傘がないなんてコンビニ失格だ/でもすぐに帰って自慰なんて俺は人間失格さ/味が無いガムとガム味のキスと/真夜中の月に釣られた魚》(“台詞”)


ふられた男の情景を《コンビニ》、《自慰》、《ガム》といった言葉を使いながら歌うこと。それはきっと「俳優による音楽活動」という言葉から浮かぶイメージとはだいぶズレていると思う。でも石崎ひゅーいは、明らかに菅田将暉が歌うべき歌としてこの“台詞”という楽曲を作っている。俳優・菅田将暉のファンやスターとしてのイメージに寄り添ってはいないが、かと言って友人でもあるリアルな人間・菅田将暉に寄り添っているわけでもない。《コンビニ》も《自慰》も《ガム》も、作品に求められれば彼は俳優として身に纏って表現するだろう。俳優としての自分に似つかわしくない、という考え方を菅田将暉がするわけはない。それと同じように菅田将暉は“台詞”という曲で《コンビニ》、《自慰》、《ガム》という言葉を(まさに台詞のように)発する。ただ、それらを菅田将暉が発するからこそ、その先にある《真夜中の月に釣られた魚》というフレーズがとてつもなく美しくなる。これはシンプルに、石崎ひゅーいというソングライターが全力でミュージシャン・菅田将暉の歌うべき歌を創造した歌なのである。

この『PLAY』というアルバムにおいて、石崎ひゅーいが提供した他の楽曲も、他のアーティストが提供した楽曲も、そして菅田将暉がバンドメンバーとの共同作業をしながら自身で作詞・作曲を手がけた楽曲も、すべてそんな風にできている。そして縁の深い楽曲のカバーなども含めて1枚のアルバムとして聴くと、菅田将暉という人が最終的にその存在で何を伝えようとしているのかが見えてくる。世の中のいろんなことに本気で憂いたり、いろんな人との出会いや芸術や遊びを本気で楽しんだり、とにかく本気で今をまっすぐ生きている彼の魅力は、俳優や他の仕事にももちろん活きつつ、音楽を通して一番自由な形で伝わってくるのだ。そんな音楽の力を彼は物凄くわかっていて、だから物凄く音楽を本気で楽しんでいて、その引力にたくさんの人が引き寄せられていく、それが菅田将暉の音楽のオリジナリティになっている。そしてそのオリジナリティは「本来ロックは、これぐらいシンプルでないと」と思わせる。そう、菅田将暉はロックアーティストなのだ。

ちなみに僕がこのアルバムの中で最もロックを感じるのは、忘れらんねえよの柴田隆浩がプロデュース・作曲をした“ピンクのアフロにカザールかけて”と菅田将暉自身が作詞・作曲をした“ゆらゆら”。

《自由に自由にやらせてよ そうやって最高の世界を見てみたい/ああ気が狂いそうだ ヒロトってこんな気持ちだったんかな/フラストレーションを蹴散らして 楽しい嬉しいことだけを見つけに/これだけは言わせてよ 僕の人生は僕のものなんだ ああ》(“ピンクのアフロにカザールかけて”)


《見えたものを見えたように/好きなものを好きなように》(“ゆらゆら”)


音楽シーンのド真ん中でここまでシンプルなメッセージを堂々と青臭くプロフェッショナルに、しかも自分だから歌える必然として歌うアーティストは今、菅田将暉しかいない。(古河晋)
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