序盤“8823”、“涙がキラリ☆”、“ヒバリのこころ”と、これぞスピッツな名曲を惜しげもなく連発し、そこに最新曲“ヘビーメロウ”をさらっとはさんで、さらに“スカーレット”、“君が思い出になる前に”、“チェリー”と、またしても過去の名曲が続く。ここで“ヘビーメロウ”が、そんな優れた過去曲たちと並んでも、すでに自然にスピッツの名曲として、自分の中に位置付けられていることに気づく。というより、一曲目“醒めない”で突きつけたように、ロックミュージックへの抑えきれない衝動が、どの時代の楽曲にも確実に息づいているのである。映像を見ていて気付いたのだが、ステージのフロアは白黒の市松模様に彩られていて、これは、彼らが結成当初、そこに立つことをひとつの目標に置いていた、新宿ロフトのステージを彷彿とさせた。その頃と変わらぬ気持ちで、ロックに憧れ続けるスピッツがいる──。30年という年月をもってしても、彼らをその熱から醒ますことはできなかったのだし、きっとこれからも醒めないのだろう。だからこそリスナーもずっと、過去曲なのに現在進行形で鳴り続けるという、不思議なスピッツマジックを体感し続けているのだと思う。
‘92年リリースの“惑星のかけら”から、‘00年の“メモリーズ・カスタム”をはさんで、同じく‘92年アルバム『惑星のかけら』の収録曲だった“波のり”(レア曲!)へと続く流れは、彼らが初期からずっとまぎれもなく最高のロックバンドであったことを感じさせるし、特に“惑星のかけら”のボトムの重いヘヴィなギターサウンドは、実はとてもアリーナ映えする曲でもあることを証明してみせた。また、スピッツが奏でるサウンド、そして草野マサムネ(Vo・G)の歌に潜む抗いようのない切なさを存分に感じる“夜を駆ける”などは、演奏しながらメンバー自身もその楽曲にぐいぐい引き込まれていく様子が、今回の映像でよくわかる。どんどん音に思いが込もっていくのだ。誰かひとりでも「醒めて」いたのなら、こんなサウンドは奏でられないと思う。だから改めて思うのは、スピッツの楽曲それ自体が、彼ら自身を焚き付ける力を秘めているのだということ。それが何年前の曲であろうと最新曲であろうと、だ。
だからこそ、“1987→”だって、プリミティブなパンクサウンドのように響くけれど、原点回帰的な意味で無理やり作った感はまったくなくて、彼らの中に生き続けているピュアなアティテュードをとても自然に表現した現代のスピッツの音として高らかに鳴るのだ。さらに、アンコールで演奏した新曲“歌ウサギ”の、フォーキーでアコースティックなサウンドを、この映像作品でじっくり堪能できるのも嬉しいところ。この曲、実は現在のスピッツを語る上でかなり重要な曲なのではないかと思っていて、草野が音楽を続けてきた中で抱えてきた思いが、意外なほどにストレートに表現されているように思うのだ。《こんな気持ちを抱えたまんまでも何故か僕たちは/ウサギみたいに弾んで/例外ばっかの道で不安げに固まった夜が/鮮やかに明けそうで》という歌詞からは、彼らの予感が明るいものであることを感じさせてくれる。でもそれが“歌ウサギ”という意味深なタイトルで、「ウサギ」とも「サギ」とも取れるところが草野らしくて、アンコール最後、《可愛い君をつかまえた とっておきの嘘ふりまいて》と歌う“スパイダー”で締めくくるという、どこかスピッツらしい軽やかな流れも、とても「らしい」と思う。ここはひとつの「通過点」であると、草野は語る。しかしながら、その「通過点」にこれ以上ないほどの存在感を放つマイルストーンを置いたスピッツ。その先の未来が心から楽しみになる作品でもある。(杉浦美恵)